ホンダNSX 技術者の本気と経営の空回り:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/6 ページ)
ホンダが高級スポーツカー「NSX」の国内受注を約10年ぶりに始めた。新型の細部に目をやると同社技術者の本気度合いが伝わってくる。その一方で、販売の無策ぶりが気になるところだ。
神がかったエンジニアリングのシャシー
問題はこれを受け止めるシャシーだ。4輪に自在にトルクをかけたり、制動をかけたりするということはサスペンションに掛かる力の方向がこれまでは考えられなかったほど多彩で、大きくなることを意味する。時速100キロを超える高速旋回中に1輪だけ制動を行い、しかも後輪はその制動に逆らって駆動力を掛けるわけだ。サスペンションとシャシーはこの力をがっちり受け止め、タイヤの位置と方向を正確に保たなくてはならない。そんなことができるのだろうか?
この問題へのホンダからの回答に筆者は興奮を禁じ得なかった。エンジニアが答えてくれたわけではない。会場の片隅に置かれていたカットモデルが、その対策を雄弁に語っていたのだ。NSXは、複合素材によるスペースフレームを新開発した。押し出し成形のアルミ材と、プレス加工アルミを用いただけでも贅沢(ぜいたく)なのに、三次元熱間曲げ焼き入れを施した超高張力鋼管まで投入した。
具体的な素材スペックは発表されていないが、恐らく1300〜1500Mpaという、現在考え得る最も強度の高い鋼管をピラーとルーフ両サイドに投入している。超高張力鋼管は、硬すぎて生産時に曲げることが難しい。曲げるためには加熱して柔らかくするしかない。しかも管である。下手に曲げれば潰れてしまう。これを厳密に温度管理しながら曲げ、その熱を利用して鋼管に焼き入れまで行うのである。
もう1点、凄いとしか言いようのない構造がある。車両のフロント部分にはキャビンから前方に向かって側面視で上中下と3本の構造材が伸びている。これは左右両側にあるので、都合6本になる。この6本ともに事も無げに高価な押し出し成形アルミが使われているのみならず、その途中には鋳物のアルミが接ぎ木のように挟まれている。
このアルミ鋳物はアブレーション鋳造という方法で作られる。砂型に溶けたアルミを流し込み、アルミが冷える前に砂型をジェット水流で吹き飛ばす。急冷による素材の熱変化を利用して部材をより硬化させる特殊な鋳造法だ。従来の鋳造と違って破断強度が高い。つまり変形したときに粘り強い部材を作れる。しかも複雑な形状造形が可能な鋳造のメリットはそのまま享受できる。
このアブレーション鋳造材には2つの役目がある。1つは衝突安全の防波堤だ。前方への衝突に際して、アルミ押し出し材を断続的に潰して衝撃を吸収させ、鋳造材で残る衝撃を受け止めた上で、キャビン周辺の構造材に再度効率良く分散させる。オーバーハングを長く取ることが運動性能を劣化させるスポーツカーにとって、いかに短いフロント部で効率よく衝撃を吸収し、キャビンを潰さないかは極めて難しい課題なのだ。
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