「ATM」をバカにしてはいけない、知っているようで知らない箱のチカラ:経済学者が解説(3/5 ページ)
大抵の人は、まとまった現金が手に入ると銀行に預ける。よほど金額が大きくなければATMで入金する。銀行預金とATMは生活に密着しているわけだが、私たちはそのスゴさをどれほど理解しているのだろうか。『暗号通貨vs.国家』を上梓した経済学者、坂井豊貴氏が解説する。
コストは640円
ATMから引き出した現金を手にした僕は、郵便局に足を運ぶ。整理券をとって椅子に座り、スマホを手に取り、Twitterーを眺め続ける。
やがて番号が呼ばれて「はい」と返事をして窓口に行って、係の人に現金書留を送りたい旨を告げる。専用の封筒を受け取り、必要事項を記入して、所定の代金を支払う。金額は封筒代金20円、郵送代金82円、現金書留代金430円の、計532円だ。
これまでかかったコストは計108円+532円=640円である。僕と送金先のあいだに三井住友銀行やら郵便局やらが入っているから、そのぶんコストがかかる。一連の作業にかけた時間もコストだ。送金先が銀行口座をもっていないと、1万円を送金するのにも、お金と時間のコストがけっこうかかる。
送金相手が銀行口座をもっていれば、現金書留の手続きをする必要はない。手数料はとられるが、銀行振り込みで送金ができる。現金書留よりは手間がかからない。
それでは、なぜ三井住友銀行と三菱UFJ銀行という異なる銀行の間で、送金ができるのだろう。これは国内の銀行が、全国銀行データ通信(全銀システム)という共通の決済システムでつながっているからだ。ルートとしては次のようなものだ。
僕→三井住友銀行→全銀ネット→三菱UFJ銀行→相手
こう見ると銀行振り込みが案外と複雑なことが分かるだろう。ルートのなかには僕と相手を介在する第三者が3つある。これらすべての間で、データを完璧に送受信せねばならない。人間は瞬間移動ができない。人間に限らず、物理的な実体をもつモノは瞬間移動ができない。お金も元来はそうだったのだ。大判も小判も、貨幣も紙幣もそうだ。
だが銀行や全銀ネットは、お金の数字を電子情報にして瞬間移動させている。銀行振り込みで送金できるのは、魔法のようなことなのだ。
読者のなかには、これまで「振込手数料は高い」や「銀行は儲(もう)けすぎだ」といった不満をもっていた人もいるだろう。でももうちょっと優しい眼で見てあげてもよいと思う。あれは魔法のようなサービスなのだ。あまりに高度に発達しすぎていて、魔法に見えないだけだ。
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