日本の生産性を押し下げる「経費精算」が無くならない根本理由:本当に効率を上げるためのSaaS(5/6 ページ)
多くの会社員にとって、最も身近な事務処理、経費精算。しかし社員、経理担当者の双方にとって経費精算処理の難しさは、領収書などの原本回収が必須になることだ。電子帳簿保存法の改正はあったが、現時点でも導入企業はたったの2000社弱。中小企業にとってはむしろ導入コストや運用コストが増えるだけで、ほとんどメリットがないのが電子帳簿保存法だ。
スタディプラスの経費精算撲滅プロジェクト
経費精算が生産性の低い作業であることは前述の通りだ。そこで「経費精算をどうやって効率化するか」ではなく「経費精算をどうやって撲滅するか」というプロジェクトを立ち上げた企業がある。バックオフィスから業務をここまで変えることができるという事例として紹介したい。
スタディプラスは、高校生が自分自身の学習状況を管理でき、学校や学習塾も生徒の学習状況を管理できるアプリ「Studyplus」を提供するIT企業だ。顧客管理ソフトのSalesforceや会計ソフトのfreeeなどのSaaSを使いこなして、バックオフィス業務の効率化を進めていったが、営業担当者が毎月3時間かけて経費精算をしているという衝撃の事実が発覚した。
社員が50人いれば、月間で150時間が経費精算に失われている計算になる。実際には経理部門の確認作業や原本回収作業なども発生するため、それ以上の手間がかかっているだろう。
そこでスタディプラスの経理部門は経費精算そのものをなくせないかと考えた。それが「経費精算撲滅プロジェクト」である。営業担当者の中には地方出張が多く、毎月30万円もの経費を立て替えている者もいた。経費精算の手間だけでなく、社員にも大きな負担を強いてしまっている状態だった。
まずは電車賃などの近距離交通費である。交通系ICカードのデータを吸い上げて経費精算する仕組みもあるが、ずっと外回りをしている営業担当者だと1人でも毎月かなりの件数になる。
そこで、営業担当者には会社から貸与しているスマホにモバイルSuicaをインストールし、チャージをコーポレートカードで行えるようにした。管理上、営業担当者全員にカードを渡すことは難しかったため、モバイルSuicaにコーポレートカードは紐(ひも)づけたものの、カード自体は経理で保管することにした。
これで、モバイルSuicaにチャージする以外の用途でカードを利用することはできない。モバイルSuicaは履歴をWeb上でダウンロードでき、チャージ金額は会社のコーポレートカードで対応するため、電車賃の経費精算がなくなった。
次は出張費だ。仮払制度などは用意していたが、ずっと地方を回っている営業担当者はそもそも会社に来ていないため、仮払金を受け取ることも難しい。そこでAI Travelという出張代行SaaSを導入した。
出発地と目的地を入力すると新幹線、飛行機、レンタカー、ホテルを予約してくれて、その費用をまとめて会社に後日請求してくれるサービスだ。このサービスによって、出張費の立て替えがなくなっただけでなく、出張規程に応じた利用になるように制御できたり、出張申請の承認フローも確立できたりと、出張に関する管理工数も大幅に削減できた。
コーポレートカードの発行やスマホの貸与が必要になるため、そのまま取り入れるのは難しい企業も多いだろうが、少しだけ視点を変えて「経費精算そのものをなくせないか」というアプローチをすることで、大きな効率化を実現することができるという事例だ。
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