「電車通勤」の歴史と未来 ITとテレワークで“呪縛”は解けるか:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/6 ページ)
新型コロナウイルスの感染拡大によってテレワークが広がった。外出自粛から解放されたときにはどうなるか。それは「電車通勤」の在り方に関わる。長時間の満員電車が当たり前というのは“呪縛”だ。電車通勤が根付いた歴史を振り返ってみると……
「電車通勤」の始まり
働く人々の交通手段は徒歩、馬、馬車、船、鉄道、自動車と推移してきた。鉄道による通勤は、おそらく鉄道発祥の頃から存在しただろう。しかし、鉄道事業の当初の目的は通勤ではなかった。明治5年(1872年)に日本で初めて鉄道が敷かれた目的は、江戸時代の日米修好通商条約によって開港し栄えた横浜と東京を結ぶため。それは貿易関係の用務客と輸出入される物資の輸送だった。一般の人々の移動手段は徒歩や馬だった。
その後、東海道本線は大阪を目指し、日本の幹線鉄道網が整備されていく。しかしその第一義は貨物輸送であり、廻船に頼っていた物資の輸送を安定的で高速にするためだった。輸送手段として見れば、鉄道輸送は船舶輸送に成り代わって発展した。
当初、鉄道旅客輸送は用務、長距離客向けだった。しかし娯楽客という新たな需要が発生した。川崎大師の参詣だ。今では想像しがたいけれど、神社の参拝、寺院の墓参はとても身近な習慣だったらしい。江戸時代の伊勢参り、大山参りもレジャーの一つ。それだけではなく、近所の寺社参拝も重要だった。江戸時代は先祖供養が重要で、それを怠るのは子の世話を怠るのと同じくらい非常識だったらしい。縁起参りは商人にとって重要な儀式だったという。
鉄道によって、遠くて御利益のある川崎大師の参詣が流行すると、大師電気鉄道(後の京急電鉄)が開業する。同様に全国各地で参詣目的の鉄道が開業していった。鉄道はもうかるビジネスとして流行していく。しかし、その中には採算計画が脆弱な事業もあった。
1910年。阪急電鉄の前身、箕面有馬電気軌道が鉄道経営の安定化のため住宅販売を始めた。場所は現在の阪急宝塚線池田駅付近の室町だ。梅田駅から約16キロ。当時は「郊外」と呼べる立地で、月賦制度を導入した。
梅田で働く中産階級に、郊外で広い家を持ちましょうと勧めた。需要の少ない地域に電車通勤という需要を生み出す。これは箕面有馬電気軌道の経営者で、後の阪急電鉄グループを育てた小林一三の発明だった。このビジネスモデルは「小林一三イズム」とも呼ばれ、大都市の民営鉄道で採用された。
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