「電車通勤」の歴史と未来 ITとテレワークで“呪縛”は解けるか:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/6 ページ)
新型コロナウイルスの感染拡大によってテレワークが広がった。外出自粛から解放されたときにはどうなるか。それは「電車通勤」の在り方に関わる。長時間の満員電車が当たり前というのは“呪縛”だ。電車通勤が根付いた歴史を振り返ってみると……
歪められた「田園都市」の理想
小林一三の発想は、都心と通勤圏の郊外住宅を鉄道で結ぶという、鉄道主体の考え方だ。この発想のもとになる思想は、1898年に英国の思想家、エベネザー・ハワードが提唱した「Garden City of To-morrow(明日の田園都市)」だ。この思想を日本向けにアレンジして、1907年に内務省が「田園都市」という書物を発行した。
しかし、ハワードの考えた郊外住宅の基本は「職住接近」だった。ハワードはロンドンで重工業が過剰に発展し、住環境が悪化している実態を危惧した。そこで、住居地区を分離して郊外に移し、人口数万人規模で職住接近型の衛星都市を作ろうと提唱した。都市を運営する会社を設立し、住民には賃貸住宅を低価格で提供する。ここでいう職住接近の“職業”は農業だ。ハワードはロンドンの北部55キロのレッチワースに理想都市を建設し、住民の獲得に成功した。重工業地区への通勤はかなり厳しい。
東京で田園都市構想の実現に動いた人物は渋沢栄一だ。2024年から一万円札の肖像になるとして再認知された実業家である。彼は田園都市株式会社を設立し、現在の田園調布、洗足、北千束地域で用地を取得、目黒から電気鉄道を開通させると宣言して宅地分譲を始めた。これが目黒蒲田電鉄となり、現在の東急電鉄になる。
ここで注目すべきは、渋沢の田園都市はハワードの田園都市とは異なり、職住接近の概念はなく、小林一三イズムの鉄道通勤都市になっていたことだ。農業と共存し、通勤のない社会ではなかった。「田園都市」の理想とは異なる「郊外住宅都市」になった。
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