「電車通勤」の歴史と未来 ITとテレワークで“呪縛”は解けるか:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(4/6 ページ)
新型コロナウイルスの感染拡大によってテレワークが広がった。外出自粛から解放されたときにはどうなるか。それは「電車通勤」の在り方に関わる。長時間の満員電車が当たり前というのは“呪縛”だ。電車通勤が根付いた歴史を振り返ってみると……
通勤手当の誕生と「通勤地獄」
都心の仕事場、郊外の住宅。人々は賃金の高い職場を求め、地価が安く広くて快適な住宅を求めた。通勤電車は人々の希望と直結する交通手段になった。しかし、戦後の復興の中で、産業は都市に集積、拡大し、郊外住宅地を飲み込んでいく。郊外はさらに遠くへ移転していく。都市周辺の夜間人口は増えて、都心部の夜間人口は減る。ドーナツ現象である。
高度成長期を迎え、都心部に企業が集中し、成長すると、ドーナツの穴はどんどん大きくなり、その結果、仕事場と住宅は離れた。そうなると、交通費の負担が大きくなって、都心の職場を希望する人材が減る。都心の企業は求人難に陥った。それを解消するため、企業が通勤費を負担するようになっていく。通勤手当と住宅手当は「生活関連給与」といわれており、住宅手当は戦中・戦後から普及していた。しかし、住宅事情の悪化と家賃の高騰に住宅手当は追い付けなかった。そこで通勤手当に振り替えて、郊外住宅の居住を支援したともいえる。
しかし、住環境が拡大する一方で、今度は通勤手段としての鉄道整備が追い付かない。高度成長期の通勤路線の乗車率は300%を突破した。電車に定員の3倍も乗れるわけはなく、通勤時間あたりの旅客と電車の定員の総量で計算した。実際には大量の積み残しが発生していた。国鉄は「通勤5方面作戦」を掲げ、複々線化、長編成化などの施策を実施。大手私鉄も長編成化を推進した。また、東京都や政府の指針のもと、地下鉄の建設や直通運転が行われた。
こうした施策は現在も続き、乗車率は200%以下になっている。しかし、小池都知事が掲げた「満員電車ゼロ」にはほど遠かった。高度成長期から約60年にわたり、ビジネスパーソンの多くは満員電車が当たり前と考えている。なんとかしてほしいけれども、社会人になったときから通勤電車はこんなものだと。それを承知で職場を選んだのだと。
私が長野県松本市で学生生活を始めたとき、「下宿先が学校までバスで10分だ」と言うと「なんでそんな遠いところに」と言われた。1時間通勤の都市に住んでいた者として、バスで10分は近すぎるくらいだ。しかしそれが都市だけの常識だと知った。30分以上、ときには小一時間も満員電車に揺られるという状況は、ハワードの田園都市の理想から懸け離れている。健康的な生活とはいえないし、これが当たり前ではない。これは都市の病だ。
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