自動運転の夢と現実:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)
自動運転の電子ガジェット的未来感は人々をワクワクさせる効果はあるかもしれないが、社会問題の解決には直結しない。技術というものは多くが、社会が持つ問題を解決するべく開発されるのなので、時価総額を暴騰させる資金集めが目的である場合を別とすれば、まずは社会の側の問題を把握しなくてはならない。
求められるのは社会課題の解決
では自動運転に期待される社会の側の課題とは何か? それは大きく3つある。「安全」「環境」「効率化」の3つである。
日本の交通事故死亡者のピークは1970年の1万6765人。2019年にはこれが3215人まで減った。さまざまな要因があるが、ここからさらに大幅な削減をして死者ゼロを目指そうとすると、安全装置の充実や取締りの強化という従来的手法では限界がある。運転におけるヒューマンエラーを排除して、自動化する以外に打ち手がないのも事実だ。
また自動運転と交通管制システムが融合すれば、混雑が減り、無駄な時間とエネルギーがセーブでき、環境問題にも寄与する。それは社会全体の効率化を促進し、車内で過ごす時間が自由になれば、運転という労働から開放されて、その分運転より生産性の高い仕事をできる可能性がある。
だったらやっぱり自動運転は良いことじゃないか? と思う人がいるだろうが、そういう社会問題の解決のために必要なのは、適材適所で過剰な手段を見切る知恵とセットになっている必要がある。全部が全部、自動運転車両の導入というワンイシューで解決できる話ではないのだ。
例えば、都心のような過密エリアで、健康な大人が効率よく安全に移動するために自動運転車を使うとして、現地に到着した後はそのクルマは果たしてどうするのだろう? 経済効率を考えないのならば、都心の1時間3600円の駐車場に夜まで停めてもいいが、それも馬鹿らしい。かといって無人運転で自宅までクルマを戻せば、朝晩合わせて2往復もクルマが走ることになり、それではエネルギー効率が悪すぎるし、交通の混乱も拍車がかかってしまう。
と考えると、健康な大人の都内の移動は電動キックボードでも使って、そのままデスクの脇に立てかけておいた方がよっぽど効率がいい。
もちろんこれが悪天候だったり、ユーザーがハンデキャップを持つ人や高齢者なら、キックボードでは無理で、マイクロカーや耐候性を持たせた電動車椅子に正解があるかもしれない。いずれにせよ、個人の状況と、移動する場所の条件によって、MaaS的にその場面場面に応じた交通手段を適宜選択する方法に落ち着くはずだ。
そういう状況下で、自動運転の果たす役割は大きくみて2つある。1つは、ドライバーのバックアップだ。ドライバーが急病で意識を失ったり、進路上の何かを見落としたり、操作ミスなどを起こした場合、素早く自動運転が車両コントロールを受け取って、事故を未然に防ぐ方法だ。トヨタではこれをガーディアン型自動運転と呼び、マツダではコーパイロットシステムと呼ぶ。こういう仕組みは現在のADAS(高度運転支援システム)の延長線上にあるので、そう遠くない未来に実装されるだろう。
ドライバーは車内にいるし、不測の事態に備えるものなので、社会的ニーズも高い。ただし、ドライバー不要の無人運転車両とはコンセプトから全然違う。
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