自動運転の夢と現実:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)
自動運転の電子ガジェット的未来感は人々をワクワクさせる効果はあるかもしれないが、社会問題の解決には直結しない。技術というものは多くが、社会が持つ問題を解決するべく開発されるのなので、時価総額を暴騰させる資金集めが目的である場合を別とすれば、まずは社会の側の問題を把握しなくてはならない。
限定された場所で生きる自動運転
もう一点は限られた場所での自動運転だ。これはさらに2つに分かれる。多くの人にとって負荷が高いのは高速道路の長距離移動だろう。これに関しては、比較的自動化に近いところまできているように思う。例えば左端のレーンを自動運転と低速車のレーンにして、原則追い越しなしで運用する。自分で運転しているのでなければ、多少移動速度が落ちて運転時間が伸びてもあまり問題ない。運転という労働に従事しているからこそ、とっとと目的地に到着して開放されたくなるのであって、それがなくなれば少し早めに出発するだけでほぼ全ての問題が解決する。
またこの種の高速道路での自動運転は、数珠つなぎ自動運転なども含めて考えられる。例えばトラックドライバーの不足が叫ばれているが、先頭車両だけドライバーが運転し、追随する車両にはドライバーがいないというやり方はあり得るだろう。連結したクルマを電子的牽引車両だと定めてしまえば、条約の問題も解決する。
限られた場所での自動運転のもう1つは、過疎地の交通弱者の移動を担うものだ。これは時速6キロ以下の徒歩領域の移動手段だが、このくらい速度が遅いと、自動運転のリスクが極端に減る。ほぼ即時に止まれるし、そのためにあまり複雑なセンサーなども必要ない。こういう種類の車両については従来のクルマとは違うルールを策定することも可能だろうし、場合によっては特区扱いにして例外処理を行うことも可能だと思う。
過疎地の弱者の代表である高齢者へのソリューションとしてみれば、例えば認知に問題が発生した高齢者がどこまでも出かけてしまわないように、移動範囲に制限をかけることもできるだろうし、最悪リモート操作によって自宅へ連れ戻すことも可能だろう。特にアフターコロナで地方鉄道の廃線がこれからどんどん増えることが予想され、そうなれば、これまでラストワンマイルで済んでいた「個人が自己責任で負担する移動」がラスト10マイルくらいまで求められる可能性もある。こういう部分についてはMaaS的アプローチがより強く求められるだろう。
こうして見てみると、社会課題の解決のための自動運転は、それぞれ課題に密接した形で徐々に実現しつつある。だから自動運転化はちゃんと進んでいるともいえる。ただそれはSFじみた無人車両ではないというだけの話だ。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答を行っている。
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