モノプソニーだけじゃない 「日本人の給料安すぎ問題」に潜むこれだけの原因:働き方の「今」を知る(2/4 ページ)
デービッド・アトキンソン氏の記事によって話題になった「日本人の給料安すぎ問題」。氏は原因を「モノプソニー」でひもといたが、給料が安すぎる原因は他にもさまざまある。前後編2回に分けて、ブラック企業に詳しい新田龍氏が解説する。
日本人の給料安すぎ問題、「モノプソニー」以外の原因
要因は多数考えられるが、まずは筆者の思うところを5つ取り上げる。その5つとは、「高い社会保険料率」「株主重視の姿勢」「経営者の能力不足」「給料の下げにくさ」「解雇のしづらさ」だ。前編と後編に分けて、前編となる今回は「高い社会保険料率」「株主重視の姿勢」「経営者の能力不足」の3つについて解説しよう。
【後編記事】働き手を守るはずが、「給料安すぎ問題」を助長する皮肉 過度な正社員保護は、本当に必要なのか?
高い社会保険料率
会社勤めをしている人であればご存じの通り、毎月の給料からは「健康保険」「厚生年金保険」「介護保険」「雇用保険」にかかる社会保険料が天引きされているはずだ。
現在、厚生年金保険料率は18.3%。健康保険料率と介護保険料率は都道府県や加入している組合などにより異なるが、健康保険料率はおおむね10%前後、介護保険料率はおおむね1.5%前後となっている。消費税ならわずか数%上がるだけでも報道で採り上げられて大騒ぎとなるが、こちらの社会保険料率は労使合わせて報酬の約3割にものぼり、しかも数年にわたり静かに上がり続けてきているにもかかわらず、あまりにも多くの人が無関心なのではないだろうか。これは消費税が国会での審議が必要である一方で、社会保険料率は厚生労働省の一存で決められるという手続きの違いもあるだろう。
ちなみに1997年に消費税が5%になり、そこからさらに5%上がるまで22年を要した。一方で社会保険料は同じ22年間で(期間中に制度が変わっているので単純比較はできないものの)、引き上げ幅は10%を超えており、それぞれの保険料率も概算で1.5〜1.8倍となっているのだ。仮に会社務めで年収500万円の人なら、本人負担額は年間約48万円から約75万円まで増えている計算である。これでは多少給料が増えても実感がないどころか、むしろ手取りがマイナスになっている人さえいるだろう。
給料から天引きされる金額だけをみても負担が大きいことはもちろんだが、この社会保険料は「労使折半」であり、給料から天引きされている分と同額を企業側が負担している。そして企業にとっては、これもまた人件費に他ならない。給料を上げるとそれに比例して企業側の保険料負担分も増してしまうため、昇給をちゅうちょする=給料アップのハードル要因となることが考えられる。しかも、企業が保険料の半分を負担していることについて従業員から全く感謝されない点も、経営者にとってはいまいましいところだろう。
また、わが国の公的年金制度は賦課方式(現役世代の人が払い込んだお金を、現在の高齢者に支給する仕組み)であるという設計上の問題から、生産活動の中心となる現役世代を直撃する負担であるところも経済へのネガティブインパクトが大きい。個人的には、全ての世代に均等に負荷を求める消費税の割合をより増やし、こちらの社会保険料率を低下させるなどのバランス確保を期待したいところである。
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