最近よく聞く「ジョブ型雇用」の掛け声がどこか空疎に思える、これだけの理由:働き方の「今」を知る(5/5 ページ)
注目が集まるジョブ型雇用。やや言葉だけが独り歩きしている感もあるが、大手でも導入が進み「ジョブディスクリプション」の整備も進む。しかし、筆者の新田氏はジョブディスクリプションの整備だけでジョブ型の定着には不十分だと指摘する。
ジョブ型の大きなメリットは「適材適所」であり、ポジションで求められる要素に満たない人は解雇になるという機動力の高さが生産性向上につながる。しかしわが国では制度導入以前の問題として、「現行の労働契約法」と「長年積み重なった判例」という大前提が存在し、たとえ能力不足でもそれだけを理由にクビにすることはできないのだ。また労働基準法含め各種法制も、労務管理は職務の成果ではなくあくまで「労働時間」の管理を前提としている。これは大きな齟齬であろう。
またジョブ型雇用の会社では、人事採用においては人事部門ではなく各部門の権限が強く、予算や人事権も独立して確保している。人事部門が専任で採用を取り仕切る現行の仕組みと、その仕組みに合わせた採用にまつわる各種サービスも大幅な見直しを迫られることになるだろう。国としても、法制自体の見直しは必須となるはずだ。何より現行法制は、メンバーシップ型の正社員雇用を維持しようとするあまり、かえって縛りが強くなりすぎ、結果的に派遣やパートなど、より縛りが緩い非正規雇用に流れる悪循環を招いている一因でもあるからだ。
「格差」を受け入れることも必要
とはいえ法律まで見直すとなると、ジョブ型雇用の実現がいつになるか見当もつかなくなる。現行法の枠組みを維持しつつ、実質的なジョブ型雇用を実現するためには、世の中全体で「もう横一線平等な処遇は無理なので、これからは格差のある働き方にするしかない」と受け容れなくてはならないだろう。その上で、採用段階から明確に「成果追求型幹部候補職」と「ワーク・ライフ・バランス重視型無期雇用職」といった形に分けることなどが考えられる。
現状の仕組みのままだと、意欲もあって成果も出せるような前者の人材にはなかなか報いることができず、逆にマイペースでやりたい後者の人にとっては組織からの要求が過大で、いずれにせよ不満を抱かせることになってしまっている。「格差を設ける」という響きだと嫌悪感を抱く人もいるかもしれないが、「各自の価値観に合った、多様な『働きやすさ』を実現する」という意図であれば納得されやすいはずだ。
「ジョブ型」という言葉だけにとらわれず、成果できちんと評価でき、世界で勝負できる優秀人材を適切に処遇できるような体制を労使ともに協調しつつ創り上げていけることを祈念する。
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