「副業・兼業」礼賛の時代へ “自由な働き方”に隠れた、企業の責任放棄:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(4/4 ページ)
コロナ禍を機に「副業人材」を公募する企業が増加している。働く人にメリットがある一方で、企業にとって都合のいい働かせ方となる可能性も。ガイドラインでは労働時間を自己申告で管理し、上限を過労死ラインとしている。雇用側の責任を放棄できるやり方は見直すべきだ。
「企業の責任」を放棄できるやり方はおかしい
当時、大手広告代理店の社員が過労自殺したことで、長時間労働の罰則付き規制に世間の関心は高まり、過労死で大切な人を失った家族も、医療の専門家たちも、労働法に詳しい人たちも、誰もが「過労死ラインを上限とするのはおかしい!」「死ぬまで働けってことか!」と訴えたのに、最終的にまとまったのは「月100時間未満」を上限とする、「過労死合法化」でした。
「100時間を認めないと企業が立ちゆかない。現実的でない規制は足かせになる」とのたまい、働く人の健康より企業を優先した。「過労死」から働く人たちを守るには、インターバル規制も不可欠なのに、ただの努力義務。海外では医学的なエビデンスに基づき、働く人の「休む権利」であるインターバル規制の義務が企業に厳しく課せられているのに、日本の企業はその責任すら放棄できる法律が出来上がってしまったのです。
つまり、前述のガイドラインの内容を少々乱暴にまとめると、「副業はどんどんやってね。でも、企業に迷惑が掛かるのは困るんだよね。とにもかくにもひとつよろしく!」ってこと。それによって企業が「企業」であることを放棄し、「会社員」は消滅するのです。
「全体は部分の総和に勝る」とはアリストテレスの名言ですが、「よき会社」をつくるから、1+1=3、4、5というチーム力が発揮されるのに、真逆をやろうとしているのです。
繰り返しますが、副業自体は悪いことではないし、やり方次第では働き手にとっても、企業にとっても「プラス」になります。しかし、企業が企業である以上、「雇用する責任」を放棄できるような進め方はおかしい。
働く人の「自己申告」を前提にするのは、あまりに危険です。最低でも、インターバル規制を徹底できるシステムの構築と、罰則付きの法律を作ってしかるべきです。
最近は「過労死」や「過労自殺」の報道が激減しましたが、過労死や過労自殺する人が減っているわけではありません。6月に公表された、2019年度の「過労死等の労災補償状況」によれば、過労死等に関する請求件数は2996件で、前年度比299件増。また、支給決定件数は725件で前年度比22件増となり、うち死亡(自殺未遂を含む)件数は前年度比16件増の174件だったという事実を、国は真剣に受け止めてほしいです。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)
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この国の社会のベースは1970年代のまま。40年間で「家族のカタチ」「雇用のカタチ」「人口構成のカタチ」は大きく変化しているのに、それを無視した「昭和おじさん社会」が続いていることが、ひずみを生み続けています。
コロナ禍を経て、昭和モデルで動いてきた社会はどうなってしまうのか――。
「日経ビジネス電子版」の長期連載を大幅に加筆し、新書化しました。
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