女性の自殺“8割増”の厳しい現実 放置されてきた、2つの「低賃金問題」:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(4/4 ページ)
10月の自殺者数は2000人を超え、特に女性は前年同月比で8割以上増加。女性の貧困問題としてシングルマザーが注目されるが、問題はそれだけではない。「非正規の低賃金」「女性の低賃金」の2つは社会全体の問題だ。「明日は我が身」かもしれないのだ。
明日は我が身、自殺増加は社会の問題
ところが、菅義偉首相が指示したという「アフターコロナに向けた環境に投資する」ための経済対策の中に、コロナで浮き彫りになった「非正規雇用」問題や、社会福祉政策への言及はありませんでした。
しかも、自殺者が増えていることに対して、加藤勝信官房長官は「周辺の方が気付けば相談窓口の活用を勧めるなど、それぞれが自殺のない社会をつくっていただけるようにお願いしたい」と発言していましたが、どこに問題があるかは明らかなのに、“ひとつよろしく!政策”をやってる場合じゃないはずです。
もちろんうつ病と自殺は関係が深いし、彼らの不安を聞いたり、孤立しないようにしたりすれば、「ほんの一瞬の心の動きで不幸な結末」に至る人を、減らせるかもしれません。
でも、それだけでは限りがある。だいたいこれまでも散々非正規の低賃金問題、女性と男性の賃金格差問題は指摘されているのに、結局は企業任せです。コラムで書き続けている通り、欧州と同じように、非正規の賃金を正社員より高くすること、非正規を基本的には認めないことを、進めるべきです。
私はコロナの感染拡大で失業者が急増した4月中旬、実際に仕事を失った方たちにリモートでインタビューをしました。当時、新型コロナウイルスの影響から解雇や雇い止めにあった人数は3076人でした(厚生労働省2020年4月24日時点)。
一人一人のお話に耳を傾けると、 「3076」という数字だけでは決して知り得ないストーリーがありました。「体温」と言い換えてもいい。彼らはコロナ以前は、私たちと同じ日常の中にいる“隣人”だったのです。
言い方をかえれば、「明日は我が身」かもしれないのです。コロナ禍で誰もが厳しい状況にあるからこそ「弱い立場の人を最優先で救済する」という、人間倫理の根幹が共有される社会が望ましいのですが、果たして私たちの社会はどうでしょうか。
女性の自殺問題は、社会全体の問題なのです。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)
お知らせ
新刊『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)が発売になりました!
失業、貧困、孤立――。新型コロナウイルスによって社会に出てきた問題は、日本社会にあった“ひずみ”が噴出したにすぎません。
この国の社会のベースは1970年代のまま。40年間で「家族のカタチ」「雇用のカタチ」「人口構成のカタチ」は大きく変化しているのに、それを無視した「昭和おじさん社会」が続いていることが、ひずみを生み続けています。
コロナ禍を経て、昭和モデルで動いてきた社会はどうなってしまうのか――。
「日経ビジネス電子版」の長期連載を大幅に加筆し、新書化しました。
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