「高く仕入れて、安く売れ」 なぜSaaSビジネスは理解されないのか?(3/3 ページ)
既存の財務諸表の見方からすると、SaaS企業の評価は厳しいものとなることが多い。赤字先行型で、なかなか利益が出にくいモデルだからだ。そうなる構造的な理由はどこにあるのか。ERPのフロント機能をクラウドで提供する、国内SaaS企業のさきがけの1社でもあるチームスピリットの荻島浩司社長に、SaaSビジネスの捉え方を聞いた。
LTVという無形資産
もう一つ、SaaS事業で重要になるのが資産の評価だ。通常の融資などでは、土地や建物などバランスシートに計上される資産を担保として、融資が行われる。逆にいえば、こうした担保がないビジネスへの融資は、事業性融資といわれ、難易度の高いものと見られている。
SaaSの場合、自社内で開発したソフトウェアが最も大きな資産になるが、これはバランスシートに乗らない。そのため、財務諸表だけを見ると、対応する資産がないまま借入金だけが計上されることになってしまう。携帯電話や新聞などもサブスクリプションサービスだが、ここには対応する土地や機械設備などがある。SaaSでは何も載らない。この評価が難しい。
荻島氏は、「SaaSには、会計上は見えない無形資産がある。顧客からの生涯売上高であるLTV(ライフタイムバリュー)だ。われわれはこの無形資産を作っている。LTVをいかに大きくするかがSaaSビジネスの要諦だ」と話す。
SaaSを契約した企業は、解約までの間、利用料金を払い続ける。この利用単価に、解約までの利用期間を乗じたものがLTVだ。シンプルな計算式で表すと、月間単価を月次離脱率で割ったものがLTVという計算になる。SaaSのKPIでは、顧客あたりの月間単価(ARPU)と解約率(チャーンレート)が重要とされるが、その理由がここにある。
クラウドの利用が浸透し、企業向けSaaSを提供する各社は成長のさなかにある。新たに上場するSaaS企業の株価などを見ると、投資家からの評価も高い。それでも、売り上げのたち方や、バランスシートの内容が、従来のビジネスとは違うことは完全には把握されていないようだ。
昨今のSaaS系企業は、マネーフォワードやfreeeなど、海外投資家からの資金調達に積極的なところも多く、国内外でSaaSビジネスの評価についてまだ温度差があることもうかがえる。
SaaS企業の代表例であるセールスフォース・ドットコムは、1999年の創業から20年以上が経つが、いまだに20%を超える急成長を続けている。その一方で、大きな利益を計上し始めたのはここ数年のことで、16年までは損益トントン、赤字も継続的に出してきた。財務諸表上の利益よりも、シェア拡大が本質的な企業価値の向上につながることが、投資家とも合意できていた。
荻島氏は、「SaaSビジネスはいかにシェアを取るかにかかっている。寡占化していく傾向にある。どの分野を取るかが重要で、取ったら可能なだけ早く成長させるべき」だと話す。財務諸表上の利益や資産がどうしても注目されるなか、いかに早期のシェア獲得にコストを費やせるか。そこがSaaSビジネスにおいて、経営者の腕の見せ所なのだろう。
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