「世界一の現場力」を犠牲にする、無責任トップの罪:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(2/4 ページ)
「工夫してほしいですね、現場で」──というのは、若者向けワクチン接種センターの混乱ぶりを見た小池都知事の言葉だ。現場が必要なリソースにアクセスする権利も、意思決定できる裁量権も与えることなく、現場に責任のみを押し付け犠牲にするような動きが、いたるところで起きている。そんな中、リーダーが自覚すべきこととは──?
リーダーの無責任っぷりを逆説的に捉えれば、日本は「現場力」だけで回っています。医師、看護師、保健師、介護士、消防隊の人、役場の人たちなど、コロナの現場に関わる全てのスタッフたちが、主体的に動き、考え、価値を生み出し続けているからこそ、なんとかかんとか回っている。
しかし、どんなに盤石な現場力があろうとも、現場ではどうにもできない事態が相次いでいるのがまさに「今」です。現場の人たちが自己を犠牲し、それでも助けられない命に苦しんでいるのです。
「現場一流、経営三流」──。
こんな言葉が使われるようになったのは1990年代後半のこと。製造業を研究フィールドにする経済学者や経営学者たちが、ひそかに、そして好んで使い始めた言葉です。
新しい製品・サービスや、高品質、高機能といった独自の付加価値を生む「現場力」は、かつて製造業を筆頭に全ての産業で日本経済発展の原動力でした。ところが、90年初頭をピークに、日本の力はどんどんと弱体化しました。
本来、現場力をマックスに引き出すには、リーダーの戦略的なビジョンが必要不可欠なのに、人減らしに明け暮れた経営者たちは、熟練の社員を切り、非正規社員を増やし、外注化を進め、現場を見ようともしなくなりました。生命線である現場力をないがしろにしたのです。
例えば、95年をピークに、自動車製造業に従事する技術者の数は減少傾向に転じました。米国では自動車製造業に従事している人たちのうち、技術者が10.1%を占めているに対し、日本では約半分の5.4%です。
ところが、特許数を指標に日米で比較すると、90年代中盤以降も日本の特許数は着実に上昇を続け、米国の水準をはるかにしのぐ高さを誇っています。なお、ここでの「技術者」は建築および情報処理技術者を除きます。特許数は延べ出願数、延べ登録数、実質出願数の3指標です。
一方で、技術力の高さが経済価値の創出につながっているかを、GDP(国内総生産)10億ドル当たりの延べ出願数(世界各国で出願・審査が完了し、登録された数)で見ると、日本の特許は米国の6分の1〜5分の1の経済価値しか生み出していません(同志社大学教授中田喜文氏ら「日本の技術者──技術者を取り巻く環境にどの様な変化が起こり、その中で彼らはどの様に変わったのか」より)。
つまり、日本の製造業は、少数精鋭でめちゃくちゃ頑張っている! 特許もたくさん取った!──にもかかわらず、経営陣がそれを十分に生かす経営をしていないのです。
90年代以降、長時間労働による過労死が増加したことからも分かる通り、現場の人たちが命を削りながら、今にも消えそうな「現場の力の炎」をなんとか守ってくれたのです。
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