ホテル1室のアメニティー、清掃費用は一体いくら? ホテルの気になる“原価”あれこれ:瀧澤信秋「ホテルの深層」(5/5 ページ)
コロナ禍で価格が下がっているホテル利用料金。そもそも原価はどのくらいなのだろうか。運営会社に取材を試みた。
清掃スタッフ派遣会社の苦悩
人件費についてもう少し見てみたい。ホテル客室清掃の現場について、ホテル清掃も請け負う九州ビルサービス(福岡県久留米市)の古村勝社長によると「派遣会社もスタッフの固定費(人件費)があるので、ホテルとの契約では通常、総客室に対して一定の割合で保証ライン(客室稼働は日々変動するので)が設定され、ラインを超えた場合は一室あたりいくらという計算になります」と教示してくれた。
他の派遣(受託)会社の担当者に確認してみると、具体的な保証ラインについて「客室保証は以前70%程度が多かったが、コロナ禍で下がっている」と話す。
この派遣会社が請け負うとあるホテル(150室)の例では、契約当初の約6年前には最低保証稼働率が75%であったが、低稼働の現在では25%になっているという。人手不足に加え、人件費高騰で契約額も上昇傾向にあり、前記した保証ラインを超えたオーバーメイク分にだけに着目してみても、開示いただいた資料では2016年契約例で520円/室だったものが、17年では750円/室、21年では840円/室と、かなりの上昇傾向がうかがえた。
このように派遣会社とホテル間ではシビアな金額交渉になるわけだが、別の派遣会社の代表は「契約更改ができない場合はこちらから解約を申し出るケースも多々ある」と話す。ホテルへスタッフを派遣する業界全体の傾向として、安値受注してもメリットは薄いので徐々に採算重視へと移行しているという。しかし「客室清掃は短時間で体力を使う仕事なので、報酬が悪いとスタッフが定着しない傾向が強くなっている」と悩みを吐露する。
今回のリサーチは、飲食店が仕入れ原価を客に公表するようなもの。一般メディアへ向けてホテルの裏側的な答えにくい内容を開示していただいたホテル各社へはこの場を借りて感謝申し上げる。
ホテル料金が下がりに下がっているこのご時世、「これだけかかってるのか」「これしかかかっていないのか」感じ方は人それぞれであろうが、ホテルのリアルな運営努力が垣間見える取材であった。
著者プロフィール
瀧澤信秋(たきざわ のぶあき/ホテル評論家 旅行作家)
一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。
日本を代表するホテル評論家として利用者目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。その忌憚なきホテル評論には定評がある。評論対象は宿泊施設が提供するサービスという視座から、ラグジュアリーホテルからビジネスホテル、旅館、簡易宿所、レジャー(ラブ)ホテルなど多業態に渡る。テレビやラジオ、雑誌、新聞等メディアでの存在感も際立ち、膨大な宿泊経験という徹底した現場主義からの知見にポジティブ情報ばかりではなく、課題や問題点も指摘できる日本唯一のホテル評論家としてメディアからの信頼は厚い。
著書に「365日365ホテル」(マガジンハウス)、「最強のホテル100」(イースト・プレス)、「辛口評論家、星野リゾートへ泊まってみた」(光文社新書)などがある。
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