岡田武史監督に聞くリーダー論 私利私欲でメンバーを外したことは一度もない:経営者・岡田武史【後編】(2/2 ページ)
日本代表を2回もサッカーワールドカップに導いた希代の名監督・岡田武史。日本代表監督と会社の経営者という2つの立場を経た今気付いた、チーム作りと会社作りの共通点、マネジメントの極意とは――。日本代表監督時代を振り返りながら、“指導者・リーダーとしての岡田”に迫る。
腹をくくれるかどうか
――岡田さんが思うリーダーに必要なものを教えてください。
一番大事なのは……腹をくくれるかどうかですね。チームにしても会社にしても、組織を作るときには僕はフィロソフィー(哲学・理念)を作ります。ただ、それをメンバーに伝えるときに、ある程度リーダーが腹をくくっていないと、伝わらないんですよね。口先だけだ、というのがバレてしまう。
――どんなに崇高な理念があっても、それを口にしているリーダー自身がその崇高さに値するかが問われている、ということですね。どうすれば腹の座ったリーダーになれるのでしょうか。
とんでもない経験をすることです。豊田章一郎さんや稲盛和夫さんと話していると、やっぱり“座り”を感じるんです。この人たちは半端じゃない人生を送って、いろいろな局面をくぐり抜けてきたんだなということが伝わってくるんです。
――岡田監督にとっての“とんでもない経験”はやはり、1997年から98年にかけての最初の監督期間でしょうか。
僕は97年のワールドカップの予選の途中、加茂周監督が更迭されたことで、いきなり日本代表の監督になりました。当時は41歳のコーチで、監督経験はありませんでした。
当時、そんなに強い人間じゃなかったから、プレッシャーがすごくて打ち勝てると思っていませんでした。有名になるとも思っていませんから、電話帳に電話番号を載せていたので、脅迫電話や脅迫状が止まりません。家の前は24時間パトカーがいて、子どもも危険だと言われたので、妻が毎日車で送り迎えをしている……そんな状況で(マレーシアの)ジョホールバルに行って、半分気が狂いそうでした。
――ジョホールバルということは、ワールドカップの最終予選、というタイミングですね。
「明日もし勝てなかったら、俺は日本に帰れない」と本気でそう思って、カミさんに電話してそう伝えました。でも数時間考えて、「明日、俺は急に名将にはなれない」と思ったんです。明日、俺にできることは今の力を100%出すことだけだ。それができなかったら俺の力が足りないということだからしょうがない。「国民の皆さん申し訳ございません」と謝ろうと。
でも、絶対に俺のせいじゃない。俺を選んだ会長、あいつのせいや、と。こう思った瞬間、完全に開き直ったんです。
――先ほどおっしゃった“ブラックパワー”が岡田さんに発動した瞬間ですね。
そうです、あれこそが“ブラックパワー”なんです。僕はあの瞬間、遺伝子にスイッチが入りました。振り返ると、あの瞬間から僕の人生が変わったんです。
生物学者の村上和雄先生は、人間には氷河期や飢餓の時代を越えてきた強い遺伝子があるのに、こんなに安全で便利・快適な社会にいるせいで、その遺伝子のスイッチが入っていない、とおっしゃっていました。僕はあの瞬間、スイッチが入ったんです。
私利私欲でメンバーを外したことは一度もない
――スイッチが入ったあとも、その後のご経験によって、どんどんと腹が座っていきそうです。
こっちが腹をくくっていると、選手に何も言わなくても伝わるんです。口に出さずとも「このおっさん、何をするか分からんぞ……」というのは選手も、感じるものです。
よく「岡田監督はややこしい選手を扱うのが得意ですが、どう扱われているんですか?」なんて相談を受けますが、扱うんじゃないんです。こっちが腹をくくるんです。時には、結果として外国人選手を国に帰すような決断をすることも出てきますが、経験とともに、覚悟が出てきます。覚悟があると言葉数は少なくとも、必ず伝わっていきます。
――とはいえ、人と人の話ですから、なかなか大変そうです。ご自身の中で接し方のルールのようなものはあるのでしょうか。
選手の仲人はしないようにしています。仲人をして、奥さんやご両親の顔が浮かぶと、その上でクビにする、なんてことはできなくなってしまいますからね。それに選手とお酒は飲みません。ただ、そういったことよりも、自分自身の中でよりどころにしているのは、私利私欲でメンバーを外したことは一切ないという自信です。時々、外した選手の奥さんやご両親からクレームのようなものを受けることもあります。
でも、私ごと・私利私欲でメンバーを考えたことは一切ない。チームが勝つためにどうしたらいいかだけを考えてきた。その自信があるから、逃げも隠れもしないです。(敬称略)
著者プロフィール
霜田明寛(しもだ あきひろ)
1985年東京都生まれ。東京学芸大学附属高等学校を経て、2009年早稲田大学商学部卒業。文化系WEBマガジン『チェリー』編集長。『マスコミ就活革命〜普通の僕らの負けない就活術〜』(早稲田経営出版)など、3作の就活・キャリア関連の著書がある。ジャニーズタレントの仕事術とジャニー喜多川の人材育成術をまとめた4作目の著書『ジャニーズは努力が9割』(新潮新書)は5刷を突破のロングセラーに。。J-WAVE『STEP ONE』・SBSラジオ『IPPO』などメディア出演も多く、日々の仕事や映画評、恋愛から学んだことなどを発信するネットラジオVoicy『霜田明寛 シモダフルデイズ』は累計再生回数200万回・再生時間15万時間を突破するなど話題に。Twitter。
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