社員に「自己犠牲による忠誠」を強いる時代の終焉 「5%」がもたらす変化とは:進む「脱・都心」(4/4 ページ)
企業が社員に「自己犠牲」を強いる時代が終焉を迎えつつある。背景にあるのは、企業と働き手の間にあるパワーバランスの変化だ。筆者は「5%」という数字に目を付け、今後の変化を予想する。
(1)前例にない調整を必要とするケースの増加
AIなどに通じた特別な技能を持つ人材を高待遇で迎え入れたり、コロナ禍という非常事態の中で事業を動かしたりと、会社運営は近年、異例の対応を強いられることが増えてきました。それは、これまでの延長線上に描かれた未来像に基づく事業計画に限界があることを意味しています。
一方で社会環境を見ると、人口減少が続き、採用する企業側から見ると選択できる人材の母数自体がジワジワと縮小しています。少子化が進んでいることから、その母数が今後も縮小し続けて採用難易度がさらに高まることは、確実性の高い未来像だといえます。
すると、これまでならスキルや経験、給与や勤務時間、勤務場所、パーソナリティーなどの諸条件全てを満たす人材が現れるまで待てば採用できたはずのポジションが、いつまでも採用できず空席になるという経験をする企業が増えていくことが予想されます。ようやく採用したい人材を見つけたとしても、遠隔地や海外など通勤不可能な場所に住んでいるため、完全テレワーク勤務を適用するということも珍しくなくなるかもしれません。
(2)画一的ルールから個別最適ルールへの移行
これまでは仕事と家庭の両立を希望する主婦層や、短日数・短時間の働き方を希望するシニア層など、フルタイム以外の働き方については、何らか致し方ない制約がある一部の層だけに適用される特例として扱われてきました。また、同じくテレワークや副業なども特別に認めた人だけに許可する特例でした。
しかし、必ずしも致し方ない事情ではなく、ともするとこれまでならワガママと受け取られていたような働き手の志向に応じてテレワークを認めたり、副業を行う社員が増えてきたりすると、特例とされてきたような働き方と通例の働き方との間にあった垣根が分かりづらくなっていきます。結果、社員同士の勤務条件が異なることが当たり前となっていき、社員全員が同時刻に休憩を取ったり退社するといった画一的なルールが適用しづらくなり、それぞれの事情に合わせた個別最適でのルール運用へと移行していくことが考えられます。
(3)採用勝ち組と負け組の二極化
(1)や(2)で示したような変化を既に見越して手を打っている会社と、これまでの延長線にある未来像を追いかけ続けている会社との間には「差」ができていくはずです。特に差が顕著に表れると思われるのが、テレワークと副業への対応です。テレワークと副業が社会の中に浸透していくと、採用する側の選択肢を増やすだけでなく、働き手の選択肢も増やすことになります。
テレワークが浸透すると、場所に縛られることなく日本中、あるいは世界中の人材が採用候補者となります。副業についても同様に、既に他社で就業中の人材に自社の仕事を依頼できるようになります。それは働き手から見ると、通勤距離に縛られず日本中・世界中の会社に就職できる可能性が広がること、あるいは会社に所属していても他の会社から仕事を受けられるようになるということなのです。
そんな、採用側と働く側双方の選択肢を一気に拡大させる市場を形成する流れにいち早く乗るか、あくまで狭い選択肢に押し込められた市場にとどまり続けるか。今、日本中の会社が岐路に立っています。その選択は近未来の採用市場において、前者を勝ち組、後者を負け組へと分ける岐路となり得るように思います。
新たな採用市場が形成されていく?
(1)から(3)まで見てきた流れは、これまで当然に自己犠牲による忠誠を求め、働き手に対する強い拘束力で企業秩序を保ってきた会社にとっては受け入れがたいことかもしれません。しかし、働き手の志向は確実に変化し、先ほど紹介したような、予兆だと思われる状況が既に顕在化してきています。
働き手の志向の変化はコロナ禍で加速した面がありますが、コロナ禍発生前から政府は既に働き方改革を推進し法制度も整えてきました。厚生労働省も18年1月には、副業に関する就業規則のモデルを「原則禁止」から「原則容認」へとスタンス変更しています。
法制度が変わり働き手の志向が変化し、人口は減少しさまざまなパラダイムシフトが生じ、採用市場に新しい流れが生まれつつあります。この流れが強くなっていくほど、自己犠牲による忠誠を軸としたこれまでの統制手法を維持することに無理が生じていくはずです。そして、雇う者と雇われる者との間にあったパワーバランスが崩れて再構築され、新たな採用市場が形成されていくことになるのではないかと思います。
著者プロフィール・川上敬太郎(かわかみけいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する“働く主婦・主夫層”の声のべ3万5000人以上を調査したレポートは200本を超える。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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