“誤差”か“氷山の一角”か 女性自殺者増加から透けて見える、日本企業の深刻な「勤務問題」:表向きの多様化で済ませるな(4/4 ページ)
20年、女性自殺者が増加した。前年比の増加率は4.5%と、見方によれば「誤差」ともとれる数値だが、筆者はこの現象を「氷山の一角」として、日本企業の「表向きの多様化」に警鐘を鳴らす。自殺の原因として増える「勤務問題」とは、いったい何なのか。
(3)勤務体制の変化
非正規と呼ばれる働き方の約半数を占めているのはパートタイマーです。勤務時間が短い分、多くの職場では上手にシフトを組むことで業務を回しています。
しかし、退職者が増えるとシフトに穴が開きがちです。その結果、今までより長い時間勤務することになったり、希望しない曜日や時間帯のシフトにも入らなければならなかったりといった無理が生じやすくなります。それらは「職場環境の変化」そのものです。また、職場の中に無理している人が増えることにより「職場の人間関係」にも悪い影響を及ぼしかねません。
ここまで述べた3つのような影響が出てしまうと、往々にして新たなストレスが生まれることになります。それでも多くの人は、ストレスに耐えられるのかもしれません。しかし、既に心身がギリギリの状態にまで追い込まれている人の場合はそうはいきません。新たに生じたストレスによって、ギリギリの人から順に耐えがたい状況へと陥り、自ら命を絶たざるを得なくなってしまっていることも考えられるのです。
“誤差”か、“氷山の一角”か
耐えがたい状態の一歩手前の、心身がギリギリの状態に追い込まれてしまっている人が世の中に多数潜んでいるのだとしたら、統計の数字上は“誤差”程度の女性自殺者数の増加は、氷山の一角だといえます。さらに、今回は女性に焦点を当てましたが、「勤務問題」に起因して自ら命を絶った男性の数は女性の5倍近くにも及びます。「勤務問題」はこれまでにも多くの人の命を奪い、これからもまた、多くの命を奪いうるということです。
冒頭で指摘した通り、コロナ禍においても失業率は低く抑えられ、働き方改革の流れをくんで、多様なワークスタイルが選択できている事例は増えてきているように思います。それ自体は喜ばしいことですが、裏では統計に表れてこない人たちが人知れず苦しみ、追い込まれている可能性があります。
表面上はワークスタイルの選択肢が増えて、「多様な働き方を選択できる社会」の実現に近づいているように見える一方で、逆にワークスタイルの選択肢が狭められ、新たに生じたストレスによる“勤続疲労”で耐えがたい状況に陥る寸前の人たちが、今も水面下で多数、「勤務問題」を抱えているかもしれないことに目を向ける必要があります。
生活保護などの支援策ももちろん大切ですが、社会環境が変化しても、できる限りストレスなく勤務継続できる施策をさらに充実させることも大切です。テレワークや副業などを実践している人を身近で目の当たりにする機会が増え、あたかも既に働き方の柔軟性が十分高まったかのように見える「表向きの多様化」に目を奪われてしまうのは危険です。ワークスタイルの選択肢を増やすべき余地は、日本中の職場の中に、まだまだたくさん残されているのだと思います。
著者プロフィール・川上敬太郎(かわかみけいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する“働く主婦・主夫層”の声のべ3万5000人以上を調査したレポートは200本を超える。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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