アメリカのスタバ時給1900円から考える「安い日本」:専門家のイロメガネ(3/5 ページ)
コーヒーチェーンを展開する米スターバックスが、米国で時間給社員の平均賃金を来夏に平均で17ドル、現在の為替レートで約1900円まで引き上げることが報じられた。日本でも高齢化によって人手不足は深刻な状況にあるが、賃金水準は30年前から横ばいだ。一方で、日本は食料の半分を、エネルギーの大半を輸入に頼っている。現在の傾向が続けば賃金は低く物価は高い状況、つまり「安い日本」から「貧乏な日本」になってしまう日も近い。
雇用リスクを避ける日本
多くの人が知っている通り、日本では解雇規制が強い。解雇4要件とも呼ばれるが、過去の判例によって解雇が強く制限されているのが現状だ。
これは日本型雇用、終身雇用と呼ばれ、良い仕組みであると考えている人も多い。解雇規制の緩和や金銭解雇は話題になるたびに賛否両論が巻き起こるが、否の方が明らかに多い。
解雇しにくい状況からしやすい状況になることを歓迎する人がいるわけもない、企業が得をして従業員は損をするだけじゃないか、という人も多いが、これは大きな勘違いを含んでいる。解雇しにくい現在の状況が、すでに多数のマイナスを生んでいることに気づいていないからだ。
雇用リスクは、企業側から見れば解雇できないリスク、従業員から見れば解雇されてしまうリスクとなる。解雇しにくい状況は従業員にとってプラスの面しかないかというと、当然そういった単純な話ではない。
なぜなら雇用にリスクがある理由は、企業のビジネスが上手く行くか失敗するか分からない、つまりビジネスのリスクと直結しているからだ。ビジネスのリスクをゼロにできない以上は雇用のリスクもゼロになるはずもなく、その状況で解雇という手段だけを封じてしまえば別の形、別の場所で雇用リスクが爆発する。
雇用リスクが爆発する場所
質の高い木製のタンスは、引き出しを閉めると別の引き出しが開いてしまう。
これは密閉された空間で引き出しを閉めた際に、行き場のなくなった空気が別の扉を動かしてしまうことが原因だ。子供のころにテレビで見たバラエティ番組では引き出しを思い切り閉めると別の扉が開いて顔にぶつかる、といったコントを見た記憶がある。これと似たような状況が雇用でも起きている。
企業から見て解雇が難しい状況ならば、まずは新規の雇用を可能な限り控える。結果的に少ない人数で業務を行うため長時間労働が慢性化する。業績悪化時に解雇ができないことから、可能な限り賃金も低く抑える。結果として解雇はされにくいが低賃金で長時間労働という日本型雇用が生まれる。つまり雇用調整を解雇以外の方法で行っているわけだ。
日本型雇用の問題点はこれだけではない。解雇が難しいため人員の偏りは転勤で行うことから、突然の転勤は日常的に行われる。解雇できないのだから人員配置は企業の裁量次第、ということで転勤の拒否は合法的な解雇事由にもなり得る(ただし転勤は拒否が絶対できないわけではない)。
現在では産休・育休の取得も容易になっているが、ひと昔前は女性が出産で退職することはごく当たり前だった。これは本人の意思に限らず、企業側の意向も強く働いている。現在でもマタハラの形で残っているが、解雇を封じられた企業にとって、産休・育休・時短勤務を取得する女性従業員は極めて扱いにくい存在であり、これが女性の冷遇につながっている。
時おり話題になる外資系企業の解雇マニュアルや大手企業のリストラ部屋も、解雇できないから発生する問題だ。
解雇されないというメリットは低賃金、長時間労働、突然の転勤、女性の冷遇とあらゆる形でデメリットとして形を変えて発生しており、果たしてこれが最適な働き方だといえるのか?ということだ。
解雇規制とこれらの問題を無理やり結びつけるのはおかしいと指摘したい人もいるだろう。その指摘には、ビジネスのリスクが雇用リスクと直結していること、そのリスクは消しようがないこと、そして何かしらの形で従業員にもビジネスのリスクが及ぶことは避けようがない、つまり解雇規制とこれらの問題は無関係どころか密接に関わっている、という解答になる。
所得が増えないから消費が増えない、消費が増えないから成長しない、成長しないから所得も増えない、という負の連鎖から抜け出せない理由は、賃金が低いからではなく、賃金を上げられない構造的な問題が大きな原因の一つであることは間違いない。
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