法人税を大幅控除! 賃上げ税制「3%」の意味と、岸田政権の真意:日本の賃金UP、実現なるか?(2/2 ページ)
2022年度の税制改正大綱が昨年末に公表され、「賃上げ税制」が注目を集めている。従業員の賃金を一定以上増加させた場合、法人税が大幅に控除される。賃上げ税制で求められる対応と、推進する政府の目的とは?
3.定期昇給とベースアップ
賃金制度の昇給の仕組みをみてみよう。図2に示すように定期昇給とベースアップがある。前者は賃金規定にもとづく部分で、平均約2%弱である。後者は賃金カーブ全体の底上げで、毎年の賃金交渉で決まる。失われた20年という言葉があるが、その間のベースアップはほとんど行われなかったといわれている。
定期昇給で賃上げを行っても、人件費再循環サイクルが機能している限り、総人件費の増額はできていないケースが多い。総人件費の総額をアップさせるためには、ベースアップが必要である。
同じことを、会社全体の賃金カーブとして図3に表した。20〜60歳を横軸にとり、縦軸が賃金とした場合、面積の部分は対象の従業員の総人件費を示すことになる。
定期昇給を行っても、人件費再循環サイクルが機能している限りAの面積は変わらない。総人件費を増額させるには、ベースアップしてBの面積分を増額させる必要がある。この増額分が「3%以上」に該当することなる。
一般にベースアップした場合、各企業は設けている賃金テーブルの金額を「全て」書き換える。例えば、5000円のベースアップした場合、賃金テーブルの全ての金額に5000円を加算する。
なお退職者が発生しない場合は、在籍者の賃金を3%以上アップさせれば、総人件費は3%以上となる。
4.岸田政権の真意と、賃上げ税制の目的
問題はこの3%以上の昇給原資を、どのように確保するかである。岸田政権では、「労働分配率のアップ」で実現しようとしているようだ。
企業は経営努力で常に新たな価値を生み出しており、これを付加価値という。この付加価値の中で、総人件費の占める割合を労働分配率という。総人件費が少なければ労働分配率は低くなる。少し前のデータになるが、労働分配率の国際比較を図4に示す。
このデータによると、2017年時点で米国、カナダ、フランスの先進国は50%を超えていて、人件費への配分率が高いことが確認できる。
それに対して日本は、48.6%と低い。その理由は次のように考えられる。企業利益や付加価値の配分先には、設備投資、内部留保、人件費への投資があるが、この20年間は設備投資と内部留保が優先された。
設備投資は、建物や工場などの設備もあれば、コンピューターのような設備も含まれる。人以外の設備に投資して生産性を上げようとする目的がある。
また内部留保は、金融機関への返済能力を確保するために行われている。その指標を自己資本比率といい、40%の確保が金融機関から要請された。財務省のデータによると日本企業の自己資本比率の平均は16年に40.6%に達している。
一方、人件費への投資はベースアップに相当するものだが、先述の通りこの約20年間は微々たるものだった。その結果、日本全体の賃金水準は現状維持となったために、海外の主要国に追い抜かれてOECD主要7国の最下位になった。(関連記事)
労働分配率が、他の海外主要国に比べれば低い。これは、日本企業が総人件費をアップさせる余力を持っていることを意味している。
そこで労働分配率を上げてベースアップを行い、総人件費を3%以上増額させた企業に対して、法人税の優遇を与えるということが、賃上げ税制の目的といえる。
著者紹介:佐藤純 青山人事コンサルティング株式会社 代表取締役
慶応義塾大学経済学部卒、経営管理研究科(MBA)履修。メーカー勤務後、青山人事コンサルティング株式会社を設立。日本生産性本部、労務行政研究所、商工会議所、法人会等で人事セミナーの講師を数多く務める。日本経済新聞のコラムを7年にわたって連載執筆、日経ビジネス・日経マネー誌などに寄稿。業種や企業規模を問わず多数の人事顧問に就任。
主な著書に『コンピテンシー評価モデル集』『65歳継続雇用時代の賃金制度改革と賃金カーブの修正方法』『同一労働同 一賃金の基本給の設計例と諸手当への対応』(以上、日本生産性本部)『雇用形態別・人事管理アドバイス』『雇用形態別・人事労務の手続と書式・文例』(編集責任者 新日本法令)など。
青山人事コンサルティングの公式サイトはこちら。
関連記事
- 「週休3日制」は定着するのか? 塩野義・佐川・ユニクロの狙い
コロナ禍で働き方の自由度が増す中、選択的週休3日制の導入を検討する企業が増えている。選択的週休3日制は定着するのだろうか? 導入各社の狙いはどこにあるのか? 人事ジャーナリストの溝上憲文が解説する。 - 「黙認していた自転車通勤」で社員が事故──労災になる?
自転車通勤をしていた社員が、通勤時に事故を起こし軽傷を負ってしまった──公式には自転車通勤を認めていないが、コロナ禍以降、黙認していた企業は、どのように対処すべきなのだろうか? 社労士が解説する。 - NEC、りそな、パーソル──“息切れしない”企業改革、大手3社に共通する「ヒト投資」
働き方改革、リモートワーク、DX化、インクルージョン&ダイバーシティ――変化の速い事業環境の中で、企業が取り組むべき課題は山積状態。疲弊して歩みを止めることなく、会社の活力を生み出すためにはどうすればいいのか。少なくない企業が、「ヒト投資」という答えに活路を見い出している。大手3社に、その施策を聞いた。 - 崩壊寸前だったVoicy 離職率67%→9%に立て直した人事責任者が語る“人事の本質”
日本の音声コンテンツ市場の先頭を走る、音声メディア「Voicy」。3カ月で利用者数が2.5倍になるなど、コロナ禍で驚異的に成長している。しかし、たった1年半前は離職率が67%にのぼり、組織崩壊寸前だったという。そんな中でVoicyに入社し、抜本的な人事改革を行ったという勝村氏。一体どのような改革を行ったのか──? - 新卒応募が57人→2000人以上に! 土屋鞄“次世代人事”のSNS活用×ファン作り
コロナ禍で採用活動に苦戦する企業も多い中、土屋鞄製造所の新卒採用が好調だ。2020年卒はたった57人の応募だったが、21年卒は2000人以上が応募と、エントリー数が約40倍に急増した。その秘訣を聞いた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.