小売りを救う“緊急事態対応”! 進化する需要予測の「4つのカギ」:石角友愛とめぐる、米国リテール最前線(3/3 ページ)
コロナ禍では、急な感染拡大や緊急事態宣言などの発令により、消費者の行動が大きく変わる。そんな中、小売り企業はどのように備えるべきなのか──“緊急事態”の需要予測を成功に導く「4つのカギ」を紹介する。
需要予測を成功に導く「4つのカギ」
緊急事態対応型需要予測モデルを開発するときの成功のカギがいくつかあります。ハーバード・ビジネスレビューに紹介されていた論文「Predicting Consumer Demand in an Unpredictable World」(訳:予測不可能な世界で消費者需要を予測するには)を参考に考察します。
(1)今までに使っていなかったデータを使う
通常の需要予測モデルは、過去の売り上げデータなどを使うことがほとんどです。
例えば、1週間前に突然緊急事態宣言が発令され、店舗の営業時間が大幅に変わったとします。その場合には、これまで培ったデータよりも緊急事態宣言発令後の直近1週間のデータの方が、近い将来の需要予測に対してより関連性が高いデータだと言えます。
他にも、既存の需要予測モデルでは使っていなかったデータセットが緊急時には役立つかもしれません。あらためて、手元にどのようなデータがあるのかを見渡すことが大事です。
(2)地域別データを活用する
通常、需要予測モデルは大きな枠組み(例:工場別、商品別、エリア別など)で作られ、実装されることが多いものです。しかし、緊急事態下では売り上げに影響する要因が予測できなくなるケースもあり、地域ごとに特化した情報を活用した方がより精度の高いモデルとなるケースもあると言います。
例えば、商品全体で見たときに1カ月の軍手の売り上げが100万円相当と予測されていたとします。しかし、ある特定の地域において、翌月に芋掘りイベントが多く予定されていたような場合、その地域の店舗における軍手の売り上げが一時的に上がるかもしれません。このように、取得できる範囲で、よりローカルな特性を網羅できるデータがある方が望ましいとされています。
(3)複数のモデルを組み合わせて作る
ある医療企業では、パンデミック発生当初、コンタクトセンターへの電話量を正確に予測することができず、過剰に人員配置をして人件費が増加していました。そこで、エラーの原因を探り、いつ、どういった理由で電話がかかってくるかをより正確に予測するために新しいモデルを2つ開発したということです。
1つ目のモデルは「コロナの影響を受けた他の国の前例データ」をもとに作られ、もう1つは「医療サービスを受けるために必要な事前承認リクエストのデータ」をもとに作られました。すなわち、入電数予測という大きな予測値を出すのではなく、細分化したニーズに対してそれぞれの予測を出していき、それに合わせた形でコンタクトセンターの人員配置を行うということです。
その結果、同社は数週間で予測の誤差を大幅に減らしました。このことから、単体で見たら単純な手法で作ったモデルだとしても、それらを複数組み合わせることで、単体のモデルよりもより確実な結果が出るケースがあることが分かります。
(4)とにかく何度も検証する
これは当社でもいつも注意していることです。先ほどのリンガーハットのケースでも、既存の需要予測モデルで十分にカバーできるケースと、既存モデルでは大幅に予測を外してしまうケースなど、さまざまなシチュエーションが存在することが検証により分かっています。このような場合には、切り口を変えるとモデルのパフォーマンスをどのように解釈すべきかも変わってきます。
検証を繰り返して、既存の需要予測モデルよりも圧倒的に優れた結果を出せるかどうかを確認した上で、実装と運用フェーズに移ることが大事です。
まとめ
需要予測の大事さが今、あらためて見直されています。コロナ禍を契機に、サプライチェーンの複雑化や人手不足の課題に直面した企業は多いと思います。
前述の通り、需要予測は意思決定プロセスの上流工程にあります。DXを推進するためには、小さい局所的なプロセスの省人化のためではなく、より汎用性の高い需要予測モデルを開発し、組織横断的に活用する必要があります。
著者プロフィール:石角友愛(いしずみ・ともえ)
パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。また、毎日新聞「石角友愛のシリコンバレー通信」、ITメディア「石角友愛とめぐる、米国リテール最前線」など大手メディアでの寄稿連載を多く持ち、最新のIT業界に関する情報を発信している。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
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