暗いコロナ禍に差した「光」 ANAとJAL、生き残るためのヒト投資:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/4 ページ)
ANAとJALが、新卒採用を再開する。長いコロナ禍から、ようやく日常が戻りつつあるようだ。航空業界の雇用は、これまでも大きく世相を反映してきた。その経営判断が、航空業界で働く社員の人生を左右してきたとも言える。自身も元CAである河合薫氏が、解説する。
インタビューで先輩が開口一番に話したのが、「今後の事業見通しや経営環境の変化、またさまざまなコスト削減を進めてきた結果、契約社員制度を見直していいタイミングに来たのです」という、先を見据えた経営方針でした。
ANAは1995年度から契約社員化を進める一方で、正社員の賃金体系も大幅に変更していたのです。
90年代初めに700万円程度だったCAの平均年間給与は、2013年3月末時点で約449万円と、250万円も減っていました。90年代まであったさまざまな手当や特典も廃止し、かつては国際線しか飛ばなかったCAが国内線も飛んだり、搭乗する乗客の人数によって乗務するCAを減らしたりなど、企業の収益構造の改善を図るために事業の再構築を徹底したのです。
つまり、契約社員制度導入をきっかけに、CAの賃金と待遇の適正化が行われていたのです。むろん、これだけだと、単なる賃金カットです。そこでANAは、CAにも管理職や総合職にチャレンジできる制度を作ったり、CAの身分のまま地方都市に赴任して、地域振興や観光誘致などに関わる制度を作ったりと、能力発揮の機会を拡大します。
それは「社員一人一人の力を引き出す」経営の徹底であり、その後の取り組みの1つとして、CAを再び正社員に戻しました。
多種多様な能力発揮の機会の提供と、全ての社員の待遇を公平にするという経営戦略の背後には、「社員一丸となって戦える集団でいなければ、会社はつぶれる」という危機感が存在していました。
会社を支えているのは「人=社員」。全ての社員が能力を最大限に引き出し、生き生きと働ける環境を作るために、「ユーサイキアン・マネジメント」を行っていたのです。
ユーサイキアン・マネジメントとは、心理学者のマズローの造語で、働く人の目的が会社の目的と合致することで会社と個人双方の利益を生み出す経営を意味しています。
日本が欧米以外の国として唯一、工業化を達成し、経済力で欧米諸国と肩を並べるまで成功をおさめた「高度成長期」をもたらしたのは、日本の経営者たちの「ユーサイキアン・マネジメント」によるものでした。
当時の日本の経営者たちは、人間の摂理に合致したいくつもの制度を会社員に施し、会社は人が秘める能力を最大限に引き出す理想郷として機能していたのです。今では諸悪の根源のごとく批判される「長期雇用」や「年功賃金」もその一つです。
しかし、時代が変わり、経営者は「人」より目先の「カネ」を優先した。その末路が、不安定で低賃金の非正規雇用の拡大であり、コロナ禍での状況を鑑みれば、非正規という雇用形態が、いかに「人間の尊厳」を守るに足りない働かせ方であるかは明白でしょう。
関連記事
- 「アニメ好き」がまさかの大活躍 毎年200人超が異動・兼業する、ソニーの公募制度がすごい
ソニーの社内公募制度では、毎年およそ200〜300人が異動や兼業をしている。「自分のキャリアは自分で築く」という意識が根付いているという背景には、どんな制度があるのか。人事担当者に話を聞いた。 - 快進撃が続くソニー 優秀な人材を生かす背景に「プロ野球のようなFA制度」
2014年頃まで業績不振が続いていたソニーだが、構造改革を経て、今では安定的に利益を生み出している。構造改革後に追加された社内公募に関する「3つの制度」は、優秀な人材を生かす今のソニーの下支えとなっている。これらの制度について、人事担当者に話を聞いた。 - 本当は怖い「週休3日制」 導入にはデメリットも
「選択的週休3日制」の導入を検討する企業が増えている。しかし、週休2日で働く社員と週休3日で働く社員が混在することで、思わぬデメリットを生む可能性もある。導入前に考慮すべき、4つのデメリットとは? - 「優秀だが、差別的な人」が面接に来たら? アマゾン・ジャパン人事が本人に伝える“一言”
多様性を重視するアマゾン・ジャパンの面接に「極めてだが優秀だが、差別的な人」が来た場合、どのような対応を取るのか。人事部の責任者である上田セシリアさんに聞いた。 - 「残業しない」「キャリアアップを望まない」社員が増加、人事制度を作り変えるべきでしょうか?
若手や女性を積極的に採用したところ、「残業はしない」「キャリアアップを望まない」という社員が増え、半期の評価ごとに成長を求める評価制度とのミスマッチが起きている──こんな時、人事はどうしたらいいのだろうか? 人事コンサルタントが解説する。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.