赤字ローカル線存廃問題 「輸送密度」だけで足切りするな:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(7/8 ページ)
地方ローカル線は、従前からの過疎化と少子化に加えて、疫病感染対策の長期化で危機的状況にある。特に輸送密度2000人未満の線区が課題とされるが、そもそも民間企業が赤字事業から撤退できないという枠組みがおかしい。公共交通は応益主義であるべきだ。そこで存廃問題で使われる「輸送密度」について考える。
事業主体の前に「必要か否か」
鉄道の存廃問題は輸送密度だけでは語れない。そのために、路線ごとの実情を把握する必要がある。輸送密度は小さいかもしれないけれど、輸送実態はバスに転換できない状況だ。
そういう話は国土交通省も把握できていないだろうし、鉄道事業者も現場以外は実感しにくい。だいたい視察が日中のガラガラ列車で、早起きしたり1泊したりで通学列車を視察する手間などかけない。見れば分かることを見ないから論点がずれる。
だからこそ、沿線自治体が資料を示す必要がある。「道路事情を考えるとバス転換は困る」「通勤時間帯の駅は混雑していて、むしろホームドアがほしいくらいだ」「プラットホームの屋根を延長できないから、雨の日は生徒の半分が濡れてしまう」などだ。「鉄道かなくなると地図から消されてしまう」などと情緒に訴えるより分かりやすい。
「観光など交流人口の拡大のために鉄道が必要だ」「移住受け入れ計画に鉄道が必要」というなら、そのために自治体が何をするか、具体的な計画が必要だ。鉄道事業者は5カ年計画など事業計画に沿って経営を考える。自治体はどうか。鉄道が必要な沿線になるための施策を持っているか。
そういう準備をしないで「JRが輸送密度を出してきた」「廃止前提のテーブルには付かない」などと反発する。無策でいる間に、廃止の話はどんどん進む。「沿線自治体に策ナシ」という結果だけ残り廃止決定。第三セクターにできるか、バス転換かという話で慌てる。結果は鉄道路線廃止である。そんな事例が国鉄時代から繰り返されてきた。
まず議論すべきは「鉄道が必要か否か」であって「誰が事業主体であるか」はその次の話だ。自治体が鉄道か必要だと訴え、国土交通省を説得する。では存続させるにはどうするか。JRが「手放したい」という立場を崩さないならば、公的な支援の枠組みが必要だ。新たな事業主体をつくる協議に入る。
第三セクターか、自治体運営か。沿線の土地の無償譲渡や開発を条件に民間企業に依頼するか。そのなかでBRT(Bus Rapid Transit、バス高速輸送システム)、LRT(Light Rail Transit、軽量軌道交通)も検討材料になるだろう。国土交通省も「鉄道を辞めなさい」と説得に来たわけではない。持続可能な鉄道路線や地域活性化計画に納得すれば、支援制度の用意がある。
その話し合いの時に「鉄道路線の価値は輸送密度だけが指標でいいのか」を論じてほしい。鉄道があることで、観光客を呼べるか。地域全体にどんな経済効果があるか。鉄道事業の決算書に現れない評価基準が必要だ。
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