「氷河期の勝ち組」だったのに……40代“エリート課長”に迫る危機:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)
自分をエリートだと信じて疑わなかったサラリーマンが、社内の方針転換により出世のはしごを外されることがある。エリート意識や、能力主義への妄信が生む闇とは──?
エリートたちは「自分の力」を鼻にかけ、自分より下にある人々を見下し、自分たちが有利な社会を構築する。実際、ヤングが著書で描いたのも、メリトクラシーがもたらす“闇”への警鐘だった。
今、日本をはじめとする先進国で問題になっている学歴偏重社会や格差社会はメリトクラシーの闇の産物だし、「絶望死」はメリトクラシーの末路だ。
そもそも、エリートたちが「自分の能力」と信じている力は、実際には出身家庭によるところが大きい。『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)の著者である社会学者・橋本健二の分析によれば、「新中間階級」に所属する日本のエリートたちは、高等教育を受けた人の比率が61.4%と際立って高く、貧困率も2.6%と「資本家階級」より低い。
新中間階級出身者たちは当たり前のように大学に進学し、当たり前のように新中間階級になることができた。「しかし、それは恵まれた家庭環境に育ったからであって、特に彼らがもともと能力的に優れていたからではない」と指摘している(『新・日本の階級社会』145頁)。
また、『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房)の著者マイケル・サンデルは、さまざまなデータを用いて、豊かに生まれた者は豊かになる確率が高く、貧しく生まれた者は貧しいまま死ぬ確率が高いという理不尽な現実を暴いた。
具体的には、所得規模で下位5分の1に生まれた人のうち上位5分の1に達するのは20人に1人。ハーバード大学やスタンフォード大学の学生の3分の2は、所得規模で上位5分の1に当たる家庭の出身だ。アイビーリーグの学生のうち、下位5分の1に当たる家庭の出身者は4%にも満たない。
誰もが「個人の能力」と信じて疑わないスポーツの世界も同じだった。大学にスカウトされて優先的に入学したスポーツ選手のうち、家庭の所得規模が下位4分の1に属する学生は、「たった5%」にすぎなかったという。
没落する日本、狭まるエリートたちの道
つまり、一見すると公平に見える能力主義は、決して公平ではない。どんなに才能に恵まれて生まれても、それが生かされるか否かは家庭環境との相互作用で決まる。若者の間で、どんな親、家庭環境に生まれるかは運任せであることを意味する「親ガチャ」という言葉が流行るのも、彼らが肌でその理不尽さを感じているからであろう。
とはいえ、いいことは自分の手柄に、悪いことは他人のせいにしたがるのが人間だ。
「あの人って、すごいよね」と周囲の羨望を集める社会的地位につくと、知らず知らずのうちに傲慢になる。どんなに「あなたもいつ落ちるか分からないよ」と警告されようとも、「自分だけは別」と聞く耳を持たなくなる。とりわけ、厳しい競争にさらされ、頑張って頑張って、がむしゃらに頑張って勝ち上がった人ほど、自分の力を過信し、「自分だけは大丈夫」と思い込みがちだ。
しかし、平成の30年間で「自分の力を鼻にかけていた人=エリート」たちの道はどんどんと狭められてきた。
中間層の没落が本格化している今、もはや「新しいパラダイム」の入り口でたじろいでいる時間はない。“高度成長期のゲーム”はもう終わったのだ。ありのままの現実を受け入れ、最初の一歩を踏み出す正しい努力が求められている。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)がある。
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