吉野家元常務の舌禍事件から考える マーケティング業界の病巣とシニア権力を持ち続けるリスク:「生娘をシャブ漬け戦略」が生まれた背景は(3/3 ページ)
「生娘をシャブ漬け戦略」という破廉恥ワードはなぜ生まれたのか。背景にはマーケティング業界の問題と、シニア世代の価値観があると筆者は指摘する。
氏のP&Gにおけるマーケティングノウハウ自体はもちろん価値のあるものだろうし、各界で活躍しているP&G出身者は俗に「P&Gマフィア」とも呼ばれ、信奉されている現状があるのも確かだ。しかし、そんな状況がかえって現在のマーケティング業界の多様性を阻害しているとの意見もある。
アジア最大級のマーケティングカンファレンス「アドテック東京」をはじめとして、多数のマーケティング関連のイベントに招聘(しょうへい)登壇経験を持つ某業界トップ企業のマーケティング部長A氏は、業界の内幕を次のように分析する。
「先進的なデジタルマーケティングなどの勉強会・イベントがあっても、主催者から呼ばれて登壇するのはいつもだいたい同じ面々。今回の講師もそのうちの一人で、業界では重鎮扱いされている人物だ」
「マーケティングは営業とは異なり、『〇〇をこれだけ売った』というような数字が見えにくい。マーケティング施策が成功したといっても、それはもしかしたら商品の魅力や、営業努力によるものかもしれない。その点、P&Gの場合は分かりやすい消費財を扱っていること、また独自の明文化されたメソッドがあるため『こうすればうまくいく』という定石を伝えやすい。そのような経緯から、P&G出身のマーケターは勉強会やイベントの登壇者として重宝されている面がある」
「現場を離れて長くなれば新しいインプットが少なくなる一方、イベント主催者からは『以前聴講者にウケがよかったあの話をしてほしい』などと要請され、結局いつも同じような『鉄板ネタ』の話をするケースが多い。必然的に、同じような話であっても変化をつけるための苦肉の策として、多少強い表現や、ウケを狙ったような言葉づかいをしてしまうのでは。これは業界全体が抱える問題点ともいえる」
シニアの価値観そのものがリスク?
件の講師をはじめ、現在大手企業でマーケティング部門の責任者に就いている年代はだいたい40代後半〜50代であるが、彼らが青少年期を過ごし、価値観が形作られた昭和末期〜平成初期の経済や社会情勢と、令和の現代における社会状況は真逆といっていいくらい変化してしまった。すぐに思い付くものでも、次のようなものが挙げられる。
- ハラスメント的な発言は日常茶飯事
- クローズドな環境での発言は外部に漏れることがない
- 地方と都市の情報格差
- 男性が女性に食事をおごることが前提の思考
- 右も左も分からない消費者を依存させることで企業がもうかる、という思想
無自覚のままにこれらの昭和的価値観が染みつき、昔の感覚が抜けないままのシニア層が指導的立場に居座り、周囲が注意できない状態は十分にリスクとなり得るのだ。
特に今般のケースは、そのようなコンプライアンスに対してセンシティブであるはずの外資系企業出身者による発言ということもあり、問題の根源は周囲の環境のみならず、世代や業界的な影響も多いものと捉えざるを得ない。従前、ハラスメントにまつわる問題はなかなか世に出ることはなかったが、昨今はコンプライアンス意識の高まりとSNSの発達により、このような形で顕在化する機会が増えたのは喜ばしいことといえる。シニア層としては、この構造を自覚するとともに、これからも現役であり続けたいのなら、思考やコンプライアンス感覚も時代に合わせて柔軟に変革させ続けていくしかないのである。
著者プロフィール・新田龍(にったりょう)
働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役/ブラック企業アナリスト。
早稲田大学卒業後、複数の上場企業で事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所株式会社設立。労働環境改善による企業価値向上のコンサルティングと、ブラック企業/ブラック社員関連のトラブル解決、レピュテーション改善支援を手掛ける。またTV、新聞など各種メディアでもコメント。厚生労働省ハラスメント対策企画委員も務める。著書に「ワタミの失敗〜『善意の会社』がブラック企業と呼ばれた構造」(KADOKAWA)、「問題社員の正しい辞めさせ方」(リチェンジ)他多数。最新刊は「クラウゼヴィッツの『戦争論』に学ぶビジネスの戦略」(青年出版社)
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