吉野家元常務の舌禍事件から考える マーケティング業界の病巣とシニア権力を持ち続けるリスク:「生娘をシャブ漬け戦略」が生まれた背景は(2/3 ページ)
「生娘をシャブ漬け戦略」という破廉恥ワードはなぜ生まれたのか。背景にはマーケティング業界の問題と、シニア世代の価値観があると筆者は指摘する。
3つの論点とはすなわち、
(1)会社として「ダイバーシティー&インクルージョンを実現し多様な『ひと』が活躍できる職場づくり」を掲げている組織の取締役が、ダイバーシティーに全く配慮のない発言を教育機関で行ったこと
(2)組織の中心となって動かしているはずのシニア層の見識や価値観がアップデートされておらず、周囲もそれを指摘できるような環境にないこと
(3)提供商品の熱心なファンも多い企業の取締役が、「家に居場所のない人が何度も来店する」「高い飯をおごってもらえるようになれば絶対に食べない」など、顧客への敬意も、自社商品への愛着も全く感じられないような表現を用いたこと
一瞬話が脇道にそれるが、労働災害における経験則の一つとして「ハインリッヒの法則」というものがある。すなわち、「1件の大きな事故・災害の裏には、29件の軽微な事故・災害、そして300件のヒヤリ・ハット(事故には至らなかったもののヒヤリとした、ハッとした事例)がある」というもので、重大災害の防止のためには、事故や災害の発生が予測されたヒヤリ・ハットの段階で対処していくことが必要、との教えである。
あくまで「労災事故」にまつわる教訓であるから、これを「問題発言」に当てはめて述べるのは少々牽強付会となることをご容赦願いたいが、問題となった「生娘をシャブ漬け戦略」発言がなされたとき、聴講者には笑っている人もおり、他の講師や運営スタッフも特段問題視しなかったという。自社のマーケティング戦略がケースとして用いられる重要な講座の初日に、講師が何の躊躇(ちゅうちょ)もなく問題発言をしたということは、これまでも組織内で数多く同様の発言をしてきており、都度周囲の人たちは笑ったり受け容れたりし、少なくとも指摘されることはなかったということだ。当然、講師自身も何ら問題とは思わないままここまで来たのであろう。
また講師は吉野家のプロパー社員ではなく、外資系企業出身のマーケティング専門家である。彼のようにグローバルでの実務経験を持った人物が、古い体質の日本企業に招かれ、旧体制に大ナタを振るって業績改善をもたらすことを期待されるケースは多い。おそらく彼は、保守的な意識を変革させ、外資系企業で成功体験をもたらした方法論を吉野家で展開させるためにも、インパクトのある言葉選びを日常的に意識しており、それが講座内で思わず露呈したということもあるだろう(報道当初、講師の発言について筆者は「吉野家の役員なのに、肝心の牛丼に対してずいぶんリスペクトのない発言をする人だ」と違和感を抱いたのだが、そんな経歴を知って納得してしまった次第である)。
どのような事情があったにせよ、取締役として実に傲慢な発言であったし、そのような発言が許容され、日常的にまかり通っていた会社のコンプライアンス体制にも問題がある。内部できちんと指摘されないままでは、今般のように大きなレピュテーションリスクにもなり得るわけであるから、この機に猛省を促したいところだ。
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