「無借金経営こそ安心」の危険な誤解 “借り入れ恐怖症”の企業が陥るワナ:支払金利は“保険料”と心得よ(7/7 ページ)
「無借金経営」という言葉に魅力を感じている経営者や財務担当者は少なくないようです。しかし、財務基盤が盤石な大企業ならともかく、手持ち資金が潤沢ではない中小企業が無借金経営を目指すことには問題があります。社長と経理が知っておきたい「無借金経営のワナ」について、専門家が解説します。
銀行借り入れは交渉次第
中小企業の銀行との付き合い方は、大きく2つに分かれます。「銀行が全然いい顔をしてくれなくて困っている」という会社と、「銀行から借りてくれと言われていて、うるさくて仕方がない」という会社のどちらかです。
後者は、貸してもらえない会社にしてみればうらやましいことかもしれませんが、私に言わせてもらえば、その状態が本当に会社の実力を反映しているとは限りません。と言うのも、銀行担当者もノルマに追われています。ですから、決算期・中間決算期の3月や9月には、いつもだったら通せないような融資案件を通したり、「一晩だけでもよいので借りてくれませんか」という無理なお願いをしたりもします。
つまり、銀行借入れは交渉次第という一面もあるのです。例えば、以下のようなことを知っているだけでスムーズに融資を受けられる可能性が高くなります。
(1)間違っても銀行の窓口にアポなし訪問してはいけない
銀行から「借りてください」とアプローチを受けていない状況で融資を受けるのは極めて難しいと言えます。もし銀行から「借りて欲しい」というアプローチがあれば、そのルートを本当に大事にしてください。
私は税理士であると同時に、融資コンサルタントでもありますが、銀行融資の相談業務の大きな部分を占めるのが「融資してくれる銀行(またはノンバンク)を探すこと」なのです。
また、融資を受けるルートを持っていないからといって、アポイントなしで民間銀行の窓口を訪ねても、ルートが増える可能性は極めて低いと言えます。例えば、トヨタ自動車やセブンイレブンに自社の製品を取り扱ってもらおうと考えたときに、アポなしで訪問する人がいるでしょうか? まさにこれと同じことです。
銀行の立場からすると、自分(銀行)から声をかけた会社でさえも貸せないことがあるのに、自分(企業)から「貸してください」と言ってくる会社など、怪しくて仕方がありません。「他の銀行から断られたから当行に来たのだろう」と、まず考えます。
銀行に当たりたければ、まずは電話して「融資を受けたいので、自分の地域の担当者を寄こしてください」と、お願いしましょう。その際に担当者を寄こしてくれず、「まずは当行にご相談にいらしてください」と言われるようであれば、融資を受けられる可能性は低いと思ってください。銀行からすると、手間だけかかって融資ができない「その他大勢」のグループに分類されている可能性が高いと言えます。
(2)銀行にとってお金を貸したい会社になる
銀行は、一度審査を受けて融資がNGだった場合、一般的には半年程度は再審査をしてくれません。つまり、アプローチを間違えると、借りられるものも借りられなくなるということです。
- どの銀行の誰に
- どのタイミングで
- どんな決算の内容で
- いくらの融資を申し込むか
この4点がポイントになります。となると、初めから少しでも融資を受けられる可能性を上げる努力をしておくことが必要であることは想像に難くないでしょう。
少しでも融資を受けられる可能性を上げるために、まず簡単にできること、それは紹介を受けることです。再びトヨタ自動車やセブンイレブンへのアプローチを例にしますが、知り合いもいないのに、この両社とのアポイントをとるのが難しいのは分かり切ったことです。銀行もこれと同じです。
逆に有力な企業や人物からの紹介であれば、無下に断られることはありませんし、決算書や企業の評価についても、良いポイントを見つけてくれようとしますから、融資を受けられる可能性が上がることでしょう。皆さんの周りにも利益の出ている企業や、銀行と太いパイプを持っていそうな社長、あるいは税理士はいないでしょうか? まずは、そういう人に紹介を頼んでみましょう。
(3)銀行員は決算書のここを見る
銀行は何を見て貸すのか? それは、ずばり「返済能力」です。その意味では、「手元資金を持っている会社」の方が、持っていない会社よりも融資を受けやすいということになります。逆に言うと、「資金がなくなってからでは融資を受けにくい」ということなります。ですから、余裕のあるうちに借りておく必要があるのです。
また、返済能力という点では、銀行が真っ先に見るのは、「利益が出ているか」です。「うちは中小企業だから、多少の赤字は目をつぶってくれる」。これも経営者の銀行勘違いあるあるになります。しかし、現実は違います。一期でも赤字になれば、銀行の融資姿勢は後退します。赤字にしてしまった後、2事業年度は 融資は厳しくなると覚悟してください。
◇ ◇
繰り返しになりますが、銀行融資は「銀行が貸したいときにしか借りられない」ことを肝に銘じておきましょう。だからこそ、余裕のあるときに「借りておく」ことが必要なのです。
ただし、預金残高に余裕があっても使ってしまってはいけません。現預金には魔力があります。その魔力に銀行はお金を貸そうと思ってくれるわけなのですが、経営者がその魔力にはまってしまう可能性があります。
借入れによって手元の現預金が潤沢になると、資金に余裕があるかのように錯覚します。私の経験上、どんなに賢明な経営者でも、「現金もあるし、ちょっとなら使ってもいいかな?」と必ず心がぐらつきます。口うるさく言っても、財布のひもが緩んでしまう経営者が多いのです。
借り入れた資金は使わずにとっておくこと。そのための金利はいつか資金が足りなくなったときの保険料だと思って支払うこと。そして融資をしてくれる銀行を常に探し続けることが大切です。こうしたアドバイスを経営者にすることが、経理担当者に求められているのではないかと思います。
松波竜太(まつなみ りょうた)
4つの会計事務所に合計8年間勤務後、2003年に独立し、松波会計事務所を開業。資金繰りを中心とした財務戦略を突き詰めて学び、銀行融資を通じて手元資金を潤沢に確保するためのノウハウを、誰にでも行えるように体系化して確立した。現在は中小企業の資金繰りの専門家として、顧問先の銀行交渉などの支援、セミナーを通じた啓蒙活動に従事する。
【近況】6年ほど前に思い立って始めたルービックキューブ。一日に2回、コツコツ続けていましたが、つい先日、6面完成25秒27という自己ベストを更新しました。
© 月刊経理ウーマン
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