「給料が上がらない国」ニッポンで生き抜くには、「80歳まで転職」が必要なのか?:厳しい“この先数十年”で起こること(4/4 ページ)
物価高の影響もあって、賃金が上がらないことへの関心が高まっています。過去30年間の賃金は、見事に上がっていません。この状態から抜け出すために、ビジネスパーソンと企業は今後、それぞれどう動くのでしょうか。
労働者を雇用することは、原材料を調達することと同じ?
企業が起こすであろうもう一つの変化は、安定した雇用からの転換です。
日本では解雇が厳しく制限されているという認識が一部にありますが、これは誤解です。日本で解雇を制限する法律と言えば、労働基準法で解雇予告を義務付けていることだけです。労働者を解雇するためには30日前に予告しなければならず、予告せずに直ちに解雇する場合は30日分の賃金を支払わなければなりません。この規制があるのみです。これは米国に比べれば厳しいものの、欧州に比べればむしろ緩い方です。解雇はできるだけ避けるべきであるとする規範意識が企業にあり、自己規制しているだけです。
高い賃金を実現している国の例として、スウェーデンと米国を挙げました。スウェーデンでは、整理解雇は勤続年数が短い順に行うとか、解雇の事前通達期間が勤続年数に応じて増えるとか、解雇のルールそのものは日本より厳格です。
しかし日本のように、整理解雇を行ったとき、その必要性について裁判所が判断することはありません。企業が、余剰人員がいると判断すれば、直ちに正当な解雇の理由になります。労働者を雇用することは、原材料を調達することと同じであるとすら考えられています。不況のときは日本より多くの割合で労働者が解雇されています。
一方で米国は、解雇に関しては世界でも特殊なほど規制が緩やかです。「随意雇用」といって、解雇はいつでも可能です。日本のように、「○○日前に予告すること」とか「○○日分の賃金を払うこと」とかいう規定はありません。人種や性別、年齢などを理由とする差別的な解雇が禁止されているのみです。
賃金が高くなったら、雇用保障は低下する
高い賃金と高い雇用保障は両立しません。日本でも賃金が高くなったら、雇用保障は低下すると予想されます。事実、大企業を中心に低下しています。独立行政法人労働政策研究・研修機構が2014年に実施した「従業員の採用と退職に関する実態調査」によると、24.6%の企業が過去5年間に解雇を行ったと答えています。従業員1000人以上の企業ではこの割合が38.2%です。
「人生100年時代」と言われます。100歳まで生きるならば、少なくとも80歳までは働かなければならないはずです。50年ほど前、「人生70年」といわれていたころ、定年は55歳でした。65歳で引退して35年間も年金で生活するというのは現実的でありません。そうだとすると、80歳まで勉強と転職活動を続ける必要があります。そういう生き方が幸せかどうかは分かりませんが、これが現実です。
「人生100年時代」と言われます。野口悠紀雄・一橋大学名誉教授は、年金支給開始年齢が70歳になれば、9割の人が老後資金をまかなえないと言っています(『年金崩壊時代を生き抜く「超」現役論』2019年、NHK出版』)。老後資金をまかなうためには、80歳くらいまで現役を続け、勉強や転職活動を続けなければならないのでしょうか。そういう生き方が幸せかどうかは分かりませんが、これが現実です。
著者紹介:神田靖美
人事評価専門のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。企業に対してパフォーマンスマネジメントやインセンティブなど、さまざまな評価手法の導入と運用をサポート。執筆活動も精力的に展開し、著書に『スリーステップ式だから、成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)、『会社の法務・総務・人事のしごと事典』(共著、日本実業出版社)、『賃金事典』(共著、労働調査会)など。Webマガジンや新聞、雑誌に出稿多数。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。MBA、日本賃金学会会員、埼玉県職業能力開発協会講師。1961年生まれ。趣味は東南アジア旅行。ホテルも予約せず、ボストンバッグ一つ提げてふらっと出掛ける。
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