タクシー料金値上げの「誤解」 AIで安くなる配車、もうからない業界:本田雅一の時事想々(3/3 ページ)
東京都のタクシー料金が初乗り420円から500円に値上げされた。その一方で、実はタクシー配車アプリを使う場合、以前よりも手配料(アプリ手数料+迎車料金)が安価になるケースも生まれている。通常、初乗り料金と同額になる手配料が安価になったケースが多いのはなぜなのか。そして、タクシー業界を取り巻く「現行規制の限界」とは?
追加料金でも値下げになる理由は“AIによる効率化”
理由はアプリによるタクシー配車によって、迎車受付にかかるコストが安くなるほか、複数のタクシー会社にまたがって迎車に適した車両を向かわせることが可能になったからだ。
アプリ配車という部分に着目して原価を計算すると、配車を受け付けるコールセンターの運営、空車のまま走る時間が減少することによる人件費と燃料費削減といったコストダウン効果があった。
言うまでもないが、昨今はAI技術がこうした手配サービスには積極的に導入されており、どの位置の車両がどの程度の時間で到着できるのか予測精度が高まっている。また車両位置などの割り出し、数多くの車両の把握などAI技術を生かせるシーンが多く、特に迎車回送の時間・距離は半分に削減できた。
そこで全体の原価を見直し、アプリ配車で下がったコストを消費者に還元。さらにサービスを利用することでの利便性向上や効率の向上などから、利用者には明確に手数料を請求。結果、トータルで料金が安くなったということだ。
当然ながら同様の現象はDiDiやS.RIDEでも発生しているはずだが、両サービスは配車にかかる手数料を顧客に明示していないため、配車全体の料金がどのように分配されているかは見えない。
AIを使った収益向上を阻む、現行規制
もちろん、こうした原価計算は営業地域ごとの特性によって異なるもので、あくまでも首都圏での数字にすぎない。しかしスマートフォンが普及し、アプリでの配車が今後も増加することは想像に難くない。
社会全体の効率を考える上でも、料金内訳の明瞭化というMoTが踏み込んだ部分だけではなく、現行規制の見直しにも踏み込むべきだろう。
MoTがこのような改訂を行った背景には、過去、消費増税があった中でも乗車料金を据え置くなど、タクシー業界は内部でコストを吸収しようとしてきた経緯がある。このままでは、事業者側の経営努力だけでは業界の健全性や発展性を見込めなくなってきた危機感があるのだろう。
消費者の視点に目を移すと、アプリを使用した場合の配車全体のコストを見える化することで乗車料金以外の「手配料」でサービスの質を選びたいというニーズに対しては、古い規制が邪魔をしてしまっている側面もある。
前述したように迎車料金の上限は乗車基本料(初乗り料金)という規制があるため、例えば海外のライドシェア、タクシー手配アプリなどで見られる需給バランスに応じて迎車料を増減させるといったことはできない。
「今すぐタクシーを呼びたいけれど何度も車両が見つからず、キャンセルされてばかりで使いものにならない」──そんな経験をしたことがある人は多いのではないだろうか。
配車サービスの手数料に規制はないため、混雑している時間帯に配車サービスの手数料を上げることはできる。こうすることで、「お金を払ってでもすぐにタクシーに乗りたい」という顧客のニーズを満たし、収益性を高めることができるだろう。
しかし、もし配車サービス事業者側が設定した変動分の収益をタクシー会社に還元してしまうと、間接的に迎車料金規制を破ることになってしまうため、そこに踏み込むことができない。利便性を高めても、タクシー会社の収益として還元させることができないのだ。
一度、原点に立ち返ってタクシー業界全体のDX化を行う目的で規制全体を見直す必要があるだろう。そうすれば、顧客が求めるサービスの品質に合わせたタクシー手配など、より柔軟に日本のタクシー手配事情とニーズに合わせた進化が期待できるはずだ。
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