バンナムが『アイマス』でWeb3.0型の戦略 顧客同士が横展開するマーケティング:600億円の市場(1/2 ページ)
『アイマス』の売上推定総額は100社以上のパートナー企業も含め、2019年度で600億円以上にのぼるとされる。長年、研究をつづけた筆者がビジネス的に解説する。
バンダイナムコエンターテインメントは2022年12月26日、東京・芝にある本社で「PROJECT IM@S カンファレンス」を開いた。同社の主要IP(知的財産)である『アイドルマスター(アイマス)』シリーズの今後の戦略について、主にビジネス向けに発表したものだ。
カンファレンスでは、23年は『アイマス』シリーズで2本のテレビアニメ展開が予定されていて、「アニメイヤー」であるということ。そして『アイマス』シリーズのフェーズ3に相当する、「PROJECT IM@S 3.0 VISION」という新戦略が発表された。
「3.0 VISION」では、ユーザーに対してより強固な「複合現実」空間を提供していくとしている。その一例として、『アイマス』シリーズのアイドルたちの活動の可能性の拡大を目的とするMRプロジェクト推進の一環として、動画配信プラットフォームで、ライバー(配信)活動を通して展開していく新アイドルコンテンツ「PROJECT IM@S va-liv(ヴイアライヴ)」が新たに発表された。他にも、同社の公式エンタメコマースサイト「アソビストア」や自社配信プラットフォーム「ASOBISTAGE」の機能とも連動した、Web3.0型バーチャル拠点を創出する新ポータルサイト「アイドルマスター ポータル」をリリースした。
『アイマス』推定売上は600億円以上
『アイマス』プロジェクトの全体を統括する、同社の波多野公士ゼネラルマネージャーはこう説明する。
「『3.0 VISION』を発表した理由は2つあります。1つが、それまで技術的な問題でできなかったことができるようになったということ。もう1つが、その技術に対しても時代性が変わり潮目が変わったことで、それを実装できる時機が到来したことです」
波多野ゼネラルマネージャーによれば、「3.0 VISION」とWeb3.0の「3.0」は意図的に重ねていて、インターネットサービスの次世代トレンドを象徴する言葉として用いたという。
同社のこうしたIP別カンファレンスは、21年6月から開催されている「ガンダムカンファレンス」に続き2作品目となる。とはいえ、『機動戦士ガンダム』シリーズに比べると『アイマス』の知名度はいささか限定的だ。なぜ、バンダイナムコが『ガンダム』に続くIP戦略に据えているのか、説明する必要があるだろう。
『アイマス』の市場規模は非公開としているものの、日経クロストレンドの報道によれば、売上推定総額は100社以上のパートナー企業も含め、2019年度で600億円以上にのぼるとされる。
展開されている累計楽曲数は1300曲以上で、22年は全国のドームやアリーナなどで30公演以上の音楽ライブが開催。公式発表によれば、オンラインを含め65万人の観客が動員されているという。
これは『アイマス』シリーズ5作品の合計値であるものの、この年間65万人という数字は、同じ22年の「乃木坂46」の36公演53.4万人、「Sexy Zone」の34公演58.5万人、「Mr.Children」の14公演63.8万人を越える規模だ(いずれも日経エンタテインメント!調べ)。
プレイヤーは「プロデューサー」としてアイドルを育成
もともと『アイマス』シリーズは、2005年7月にナムコ(当時)が全国のゲームセンターで展開したアーケードゲーム『THE IDOLM@STER(アイドルマスター)』が始まりだ。プレイヤーは芸能事務所の「プロデューサー」としてアイドルを育成する。ライブをしたり、選択肢を選んだりする過程で各アイドルの成長のシナリオを味わう。いわばアーケードゲームではあるがいわゆる「恋愛シミュレーションゲーム」に近い印象の作品だ。
ここから「プロデューサー」とは、そのままアイマスファンの総称としても呼ばれている。以来、ゲームを中心に4つの派生作品が加わりながら、17年以上にわたって続いているコンテンツだ。
キャラクターがアニメ絵の3Dで動いているのも画期的だった。当時、3Dアニメーションといえば、映画『トイ・ストーリー』のような、ポリゴンでできた立体感あるキャラクター造形が当たり前だった。それが『アイマス』では、日本アニメーション風の二次元のような手描き感のまま3Dで再現した。
実は、先の波多野ゼネラルマネージャーが話した「技術的制約のクリアと実装する時代の潮目の到来」は、この初代『アイマス』から続く一貫したミッションステートメントだと言っても過言ではない。
今となってはこの技術はゲームやアニメなどでは当たり前に用いられている。だが、特にアニメの制作現場で3D造形のキャラクターが活用されるようになったのは2010年代以降になってからだ。それだけ、『アイマス』の技術は当時、革新的だった。
とはいえ、技術的な問題が解決しても、時代が追いついていなければならない。05年当時、ゲームセンターでは対戦格闘ゲームや音楽ゲーム(音ゲー)が人気で、公衆の面前で2次元の女性キャラクターと堂々と触れあうゲームは異例だった。
一方で徐々にではあるものの、格闘ゲームでもいわゆる「萌え」を意識したキャラクターを前に出すことがはばかられなくなり、音ゲーにおいても同様の女性キャラがキービジュアルの前面に押し出されるようになっていた。こうした動きもあり、ゲームセンター内では「キャラ萌え」を公言することを自重しなくてもよい「潮目」が生まれていた。
他にも当時は『ガンダム』の対戦ゲームが大人気で、既にゲームセンターは「不良のたまり場」ではなく、「オタクのたまり場」に変容していた時期でもあった。
「東方Project」「VOCALOID」と並ぶ「ニコニコ御三家」に
ゲームセンターの外に目を向けても、04年10月に新潮社から出版された、オタクの主人公の恋愛を描いた小説『電車男』が100万部を超えるベストセラーになり、ドラマなども社会的ブームになった。「オタクの聖地」と呼ばれている秋葉原も、家電量販店やPCパーツショップと肩を並べるようにアニメグッズショップやメイド喫茶の出店が相次ぐようになったのもこの00年代中ごろだ。いわば、社会の多様化と共に“オタクの人権”が世に認められるようになってきたタイミングと重なると言ってもよい。
こうしたゲームセンターに登場した『アイマス』(アーケードの『アイマス』ということで、後に「アケマス」とも呼ばれる)は、06年9月15日当時で全国426店舗に設置されていた。これはその土地で大きなゲームセンターに行けば大概は設置されている肌感覚だった。
「アイドルをプロデュースできる」というコンセプトは徹底されていて、ユーザーは会員登録をすれば、自分の担当するアイドルから定期的にメールが送られてくるサービスも展開されていた。
そして、『アイマス』の市場の広がりにおいては、Web2.0や3.0にも通じるような、それまでにはあまり例のない形をとった。
その後、『アイマス』は07年1月25日にアーケードからマイクロソフトの家庭用ゲーム機「Xbox 360」に移植される。ソフトの売上本数は10万本と多くはないものの、『アイマス』を一躍有名にさせたのは、その後の「プロデューサー」の行動だった。
ゲーム内で自分の担当するキャラクターに思い思いの衣装を着せて踊らせた映像を録画したり編集したりした動画を、07年1月15日にベータ版のサービスを開始したばかりのニコニコ動画にアップロードし始めたのだ。
中には、ゲーム中には存在しない自分の好きな曲にキャラクターの振り付けを合わせた動画まで作られていて、黎明期だったニコニコ動画で衆目を集めることとなった。『アイマス』動画はゲームをプレイしていない人にも好意的に迎え入れられた。初期のニコニコ動画の人気曲をメドレーにして07年6月に投稿された動画「組曲『ニコニコ動画』」でも『アイマス』の楽曲が筆頭を飾っている。この「組曲『ニコニコ動画』」の再生数は現在約1200万にのぼる。
『アイマス』はニコニコ動画上を中心としたコミュニティで、ユーザーからユーザーへと広がりを見せた。以来、『アイマス』はニコニコ動画を代表する文化として現在まで続いていて、「アイドルマスター」というタグが付けられた動画の投稿数は46万1664件にのぼる(2023年1月18日時点)。
「アイドルマスター」はニコニコ動画内で「東方Project」(同41万5307件、「東方」タグで計上)、「VOCALOID」(同68万4644件)と並ぶ3大ジャンルとして確立している。この3つは「ニコニコ御三家」とも呼ばれていて、このうち企業一社が明確に権利を持って展開されているのはバンダイナムコの『アイマス』だけだ。
ファンが一次創作である元の作品を使ってさらなる創作活動をすることは二次創作と呼ばれる。『アイマス』では、二次創作でバズった動画の題材をもとに三次、四次と創作活動が広がりを見せているのが特徴だ。こうした連鎖は「n次創作」とも呼ばれている。『アイマス』のこうした広がりは、ユーザー間の取引を重視するWeb3.0の動きを先取りするものになっている。
波多野ゼネラルマネージャーもこう話す。
「『アイドルマスター』は、ニコニコ動画やYouTubeにアップロードされている動画だけでなく、作品の世界観もお客さまが作ってくださっていると言っても過言ではありません。だから捉え方によってはWeb3.0で、今までできてきているIPなのではと自分でも思っています。ブログやnote、SNSなどでプロデューサーの方が多くの考察をし、作品の世界を深めています。このように、プロデューサーさんの自発的な盛り上げ、共創関係が、今日のコンテンツの拡大につながったと考えています」
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