本当は怖い「人的資本開示」 正しく対応しない企業はどうなるのか?:人的資本の今とミライ(3/3 ページ)
人的資本情報の開示がいよいよ日本でも義務付けられる。第一弾として、2023年3月期決算の有価証券報告書から大手企業を中心に開示が始まる。なぜ今、「人的資本」が注目されるのか。対応を怠った企業には、どのような未来が待ち受けるのか。人事ジャーナリストの溝上憲文氏が解説する。
本当は怖い人的資本開示 対応が追い付かないとどうなる?
ところが開示に対する日本企業の動きは鈍いのが実態だ。パーソル総合研究所の「人的資本情報開示に関する調査結果」(22年5月27日)によると、上場企業の役員層・人事部長に非財務情報の開示に関する社内議論の実態を確認したところ、取締役会や経営会議で「最優先事項として」、または「優先度高く」議論されている割合は上場企業で56.1%と半分を超える程度にすぎない。
実際にプライム企業の広告関連会社の人事部長は「リーマンショック以降、ESG投資など非財務情報が重視されていることは知っているが、当社が人的資本情報や開示をどうするかについては、経営会議の話題にも上っていない」と語る。
もちろん、人事関係者であれば、開示項目についての測定は可能だ。しかしその結果が胸を張れる内容であるか否かが問われることになる。
もし海外企業や同業界との比較で悪い結果が出れば、自社の株価が下がり、社債の売れ行きにも響くなど、経営を直撃することになりかねない。結果が悪ければ、地道に改善していく努力が求められることになる。
リクルートの津田郁研究員(HRエージェントDivisionリサーチグループ)は以下のように話す。
「エンゲージメントサーベイ(熱意を持って働いている)の国際比較では日本は最下位。エネルギー全開で働いている社員の割合が少なくなっている状況がある。本当に人材に投資しているのかが問われる。日本の人材投資は少なくなっており、一方、企業が何にお金を使っているかを見ると、キャシュでは配当金が増え、従業員の給与やR&D投資が減っているという状況だ。企業は株主のほうばかり向いていて、足元の従業員や研究開発投資に目を向けていないという実態がある」
人材投資が低いまま、今後人的資本情報の開示が進んでいくと、企業経営に負の影響をもたらす。
津田研究員は「企業によって明暗が分かれる」と推測する。「人を生かす、人を大切にする経営をすでに実践している企業も多い。そうした企業はしっかりと開示していけばよいが、そうではなく、人への投資をおろそかにしていた企業はもしかしたら厳しい局面に立たされるかもしれない。今まで人材育成や人材投資が投資家に注目されることは基本的になかったが、今は企業のそうした取り組み状況が企業価値に反映される時代になってきている」と説明する。
その上で「投資家は最初に健康・安全やコンプライアンスなどのリスクマネジメントの観点の項目をチェックし、安全性が不十分であれば、投資に値するかどうかの議論の対象外になる」と指摘する。
Webサイトなどで顧客や消費者向けに人的資本経営やSDGsを掲げる企業は多い。一見、見栄えはよいかもしれないが、いよいよその内実が問われる時代になる。
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