信託型ストックオプション「最大55%課税」でスタートアップが悲鳴 抱えていた“2つの欠陥”:古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(3/3 ページ)
スタートアップが優秀な人材獲得の一助にしている「信託型ストックオプション」。国税庁が原則として給与所得と見なすと発表したことで重税が懸念され、スタートアップが悲鳴を上げている。
現金価値が分かってしまうという欠陥
また、信託型ストックオプションは、上場後も上場前の値段のストックオプションを付与できる事が売りであったものの、それ自体が大きな欠陥であるといえる。付与するときに売買益が事前にあらかた算定できるのであれば、それがほぼ給与としての意味合いを持ってしまうということだ。
仮に1株10円で信託型ストックオプションの在庫があったとして、今の株価が110円だとすると、1株当たりの売買益は100円となる。そうすると、企業側からすればボーナスとしてストックオプションを付与する際に「大体1万株相当のポイントを付与したら100万円のボーナスと同じくらいになる」といった具合に、現金としての価値から付与するポイント数を逆算可能になる。
従来であれば、「上場前の段階で市場価格がついていない場合には価格が分からない」「今の株価で発行しても株価が伸びるかは分からない」というリスクがある分、多くのストックオプションを付与し、それが結果的に従業員でも億万長者になりうるというリターンをもたらしていた。
しかし、信託ストックオプションは現在の株価と当時の株価から、売買益があらかた判明している。あなたが経営者であるとしたら、いち従業員に、数億円分の売買益が出ることが確実ともいえるボーナスを果たして付与するだろうか?
つまり信託型ストックオプションは従来の税制適格ストックオプションと異なり、付与時にあらかた換価価値≒報酬額が見えるため、その場合は国税庁が「給与所得」であるということも理解できる。そもそも、税務においては法人が役職員に低額譲渡すると給与所得になるという考え方がある。
これは100万円の壺(つぼ)を1万円で売った時に、役職員側には時価をベースとして99万円の給与が支払われたとみなす決まりと似ている。信託型ストックオプションも、ケースによっては同じような関係性になっている場合もあり、壺が株になったら大丈夫というわけにもいかないように思える。
とはいえ、信託ストックオプションを得意とするコンサルタントなどが数多くの企業に向けて推進してきてしまったこともあって、今回の変更が日本のスタートアップやベンチャーエコシステム全体に影響を及ぼす可能性がある。
信託型ストックオプションの株式希薄化抑制や上場後の有力人材確保というメリットは、リスクとリターンにゆがみがあるといえどもやはり多くのスタートアップ企業の成長原動力となっていた。導入企業の株価が下落しているという市場の反応を踏まえると、信託型ストックオプション導入企業について、今後の採用活動などに一定の影響が発生することは避けられないだろう。
そんな企業にとっては、今後資本政策の見直しや従業員の動機付けが急務となる。また、すでに付与・行使されてしまった場合に、国はケースに応じた特別対応をとるのか。岸田政権の掲げるスタートアップ支援の行方と信託ストックオプションの処理について、企業と国、双方の動向に注視することが求められる。
筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Twitterはこちら
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