生成AIには作れない、「文字だけ」の防災広告 足りないのはUXデザインの視点:グッドパッチとUXの話をしようか(3/3 ページ)
インターネット広告業界で生成AIが重宝されている。大量のパターンの画像や文言を瞬時にアウトプットできるからだ。「生成AIがあれば怖いものなし」にも思えるが、そんな生成AIにもまだ「作れない」広告はある。そこで足りないのは「UXデザイン」の視点だ。
生成AIには作れない、「文字だけ」の防災広告
インターネット広告から少し話題がそれますが、2017年度「PRアワードグランプリ」でグランプリに選ばれた広告で使われた色は白、赤、黒の3色のみでした。イラストや写真は全く使われておらず、整然と並んだ文字と一部分に赤い帯が敷かれたシンプルな広告でした。
ところが、それを見た人は思わず心をぎゅっと絞めつけられるような思いになり、その迫力に見上げたまま立ち尽くす人やスマホで写真を取る人が続出しました。
広告内の赤い帯は、2011年3月11日に岩手県で観測された津波の高さを示しています。「東京のど真ん中で、あの3.11の悲劇が起こったとしたら」――この広告に直面した人がどんな感情になるか、東日本大震災を経験した人が何を思うのか、生成AIがそれらを予測してこの広告を生み出すことができるのでしょうか?
生成AIの進化により、その制作物をどう扱っていくべきかについてさまざまな意見が交わされています。「制作するのは生成AIであっても、最終的に選ぶのは人」「AIによる作業効率化で短縮できた時間で、人にしかできないことができるように」――これらは生成AIに制作物を任せる前提での考え方です。
もちろん、数秒で差し替えられてしまう制作物を絶対に人が作るべきだとは思いません。しかし、数秒で差し替えられる広告であっても、それを見聞きするのは人であり、そこでユーザーはどんな体験をするのか? 一方で、人にしか作れない広告はユーザーにどんな体験を提供できるのか? これらは、広告に関わる上では忘れてはいけない問いだと考えます。
数字による判断や効果、効率の向上が人間の仕事ではなくなっていく今後、AIを活用してどのような効率化を生み出すのかではなく、「人にしかできない、感情の動かし方」と向き合い続けることもまた、最大の効果を生み出すことにつながると信じています。
以前、食品の新製品に関するユーザーインタビューを行ったとき、新製品をどこで知って購入に至るのかを聞いたことがありました。「スーパーで見かけたときに、SNSで見たのを思い出して購入した」という話を深掘りをしたところ、SNSのオーガニック投稿ではなく、SNS広告が購入のきっかけだったと判明しました。
ターゲティング広告の精度が向上し、ユーザーの趣味志向に合わせた広告を掲載できれば、負の感情を起こさせることなく購買行動につなげることができます。進化していくAIが「効果あり」と判定するのは、単なるクリック率の向上ではなく、こういったユーザー体験であることを願うばかりです。
関連記事
- なぜ人は「ゼルダの伝説」にハマるのか? マリオのユーザー体験と比較して分かったこと
5月12日に発売された「ゼルダの伝説」の最新作が、発売たった3日で世界販売本数1000万本を突破した。30年以上も愛されるゲームの魅力とはなにか? なぜ人は「ゼルダの伝説」にハマるのか? ユーザー体験(UX)の観点からひも解いていく。 - 3万台突破の「しゅくだいやる気ペン」 ハマる親子続出のユーザー体験に迫る
夏の学生の風物詩といえば、その一つに「宿題」があるだろう。子どものやる気を引き出し、前向きに宿題に向かわせる、IoT文具「しゅくだいやる気ペン」が人気だ。ハマる親子続出のユーザー体験に迫る。 - 10年で市場規模が10倍に 「アナログレコード」復活の理由をUX観点から考える
サブスクサービスで音楽を聴くことが増えてきましたが、意外なことにここ10年で「アナログレコード」の市場は10倍に成長しています。なぜアナログレコードが人気なのでしょうか、その秘密をUXの観点から考えてみました。 - 時価総額は2兆円 医療IT「エムスリー」の圧倒的なビジネスモデルに迫る
医療ITベンチャーとして存在感を示す「M3(エムスリー)」の圧倒的なビジネスモデルを紹介。同社の今後の成長についても勝手に考察していきます。 - 小売マーケの限界突破か サツドラ、AIカメラ×広告で売上が1.6倍に
北海道内で2位の店舗数を誇るサッポロドラッグストアは、新しい店舗体験の構築に乗り出した。AIカメラでの取得データとPOSデータを掛け合わせた広告を展開している、新しいチャレンジを取材した。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.