糸井重里の「ほぼ日」会社経営論 社員を飽きさせないことで生まれる「偽りの絆」:名刺に部署名を書かない理由(3/3 ページ)
糸井重里さんが社長を務める「ほぼ日」。同社は、社内のエリート人材を稼ぎ頭の手帳部門に回すという人事配置をしていない。一人でも多くの社員に活躍の場を与えることを考え、柔軟なチーム体制を構築していることが特徴だ。その真意を聞いた。
糸井「成果を上げた人には我慢してもらっています」
――ほぼ日は一見、糸井社長を中心とした家族的経営の企業のようにも見えるのですが、この辺りはどう考えていますか。
糸井: 家族には負けると僕は思っています。社員旅行に行く文化もあるのですが「次の社員旅行のとき家族を連れて行きたい人はどうしよう?」という意見が出たことがありました。そのとき僕は「禁止」って言ったんです。なぜかというと、家族の方がいいに決まっているから。
会社でどんなに仲良くしていても、それは「偽りの愛」で「偽りの絆(きずな)」です。社員旅行っていうのは「偽りの絆」をもっと深めるために行くんだから、家族の絆を持ち込まれるとそれには勝てません。
経営者の僕としては、家族的な会社だと言われないように気を付けています。出社も強制ではなく、リモート多めの方がいい人はそれでやればいいと考えています。会社組織は「偽りの絆」ですから。みんな違って、他の人と同じにならないのは当然です。
――「偽りの絆」というのは、何というかすごい表現ですね(笑)。
小泉: うちの会社はコピーライティングがすごいんですよね。なので毎回キャッチーにちゃんと社員に響きます。さっきの社員旅行の家族同行禁止の説明にしても「『偽りの絆』を強めるための社員旅行なんだから家族は禁止」というのは分かりやすいですよね。
――会社組織を的確に表した言葉だと思います。
糸井: 会社ってやっぱり素晴らしい仕組みだと思います。僕らがもしも任意団体で「こういういいことしましょう」といって集まる組織だったら、こんなにパワーも出ないと思います。やはり食い扶持を稼ぐことを兼ねているからこそ、時には引くに引けないような決断が下せるのだと思いますね。
――糸井社長から見て「ほぼ日」はどういう会社といえるのでしょうか。
糸井: 強い趣味のグループかもしれないですね。強い同好の士のグループが集まると、大きな船とかすごいものを簡単に作れてしまったりします。人の持っている力ってそういうところがありますよね。
――確かに「好き」というモチベーションが引き出す力は大きいと思います。モチベーションでいえば、例えば信賞必罰という考え方もありますが、成果を上げた社員の評価はどうしているのでしょうか。
糸井: 成果を上げた人には我慢してもらっています。手帳が売り上げの約6割を占める、一番売り上げるチームなわけです。一般の会社ではそういうチームはエリートの場所ですよね。でも、うちは全くそういうふうにはしていません。
逆に活躍できる機会を得られなかった人に対しては、気の毒だなという思いはあります。経営者としては、みんながもっと活躍するチャンスがあるといいなという方向に目がいきますね。
――経営戦略では「選択と集中」が良く語られます。一方で糸井社長は収益を上げる事業にさらにリソースを割くことよりも、好調でない社員をいかに励ますかに目がいくわけですね。企業によっては、何期か連続で黒字にならないと事業見直しの対象になるようなところもあります。
糸井: そういうことをすると心が寂しくなるんですよね。弊社では今のところ起きていないのですが、例えば「前年比マイナスでした」っていうことを社員に伝えたら、その時点でみんな真っ青になっていると思うんです。成果が上がらないことがよくないことだということは、みんな分かっていることですから。
そこから「どうすればいいんだろう」って、みんなで思えるかどうかが大事なわけです。挽回するには社員一人一人のポテンシャルが必要ですし、このポテンシャルこそが、みんなの財産なんです。そのポテンシャルをこのくらい生かすと、このぐらい利益が上がるなという考え方で経営してきているわけです。
――数値目標より、「人」のポテンシャルを引き出すことを大事にしているのですね。
糸井: 一人一人のポテンシャルを引き出すために、もっと会社を面白くするにはどうしたらいいか。これは常に考えています。そこには「遊び」が必要ですよね。僕が今思っているのは「ほぼ日」をもっと遊びの会社にしたいと考えています。
最初から目標を立てて、なまじ役に立とうとか、みんなでいいことをしようみたいなことって、なんだかすごく邪魔な気がするんです。少なくとも「ほぼ日」の社員が期待しているものって、もっと遊ぶことなんじゃないかなって。それを真剣にやるってなかなか大変なことではありますが、その期待に応えていきたいですね。
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