なぜ中央線は「グリーン車」を導入するのか 2つの“布石”が見えてきた:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/5 ページ)
JR東日本が中央線快速電車に導入するグリーン車を、2024年度末の導入に向けて報道公開した。グリーン車は日本の鉄道の上級座席だが、なぜ上級座席があるのか。中央線快速電車のグリーン車導入を、大手私鉄の通勤用着席サービス列車と並べた報道もあったけれど、経営施策としては意味合いが違う。
不動産事業への波及と乗客獲得策
前段で、JR東日本のグリーン車は「沿線価値向上よりも単純な増収策」と書いた。しかし、中央線快速電車は少し野心が見える。ライバル路線からの乗客流入を目論んでいるかもしれない。まず高尾〜八王子〜新宿間は、京王電鉄と長年のライバル関係にある。京王線の特急に対して、中央特快の魅力向上は考慮されているはずだ。
もう1つ、グリーン車の運行範囲に青梅線が入っている。これは車両の運用が共通だから青梅線も対象になる。しかし、西武拝島線の乗客も狙っていそうだ。西武拝島線は小平〜拝島間の路線ながら、ほとんどの電車が小平から西武新宿線に直通する。地図を見た限り、JR東日本か八高線、青梅線、五日市線で集めた客を西武鉄道がごっそり持っていきそうに見える。新宿までの所要時間はJRのほうが早く、運賃は西武鉄道経由の方が安い。
JR東日本は3月18日から、ピーク時間を外した時間帯に有効な「オフピーク定期券」を販売しており、定期運賃が10%前後値下げされた。これはライバル路線に対する優位につながるし、グリーン車利用のきっかけになるだろう。
一方で、高尾〜大月間はライバル路線がない。ここにJR東日本の不動産部門の商機がありそうだ。JR東日本の不動産事業は、JR発足時は未利用地の売却が主で、長期債務の返済が最優先だった。02年に上場し完全民営化すると、未利用地の売却と活用の2つが検討されるようになり、東日本大震災以降は社有地の開発促進にかじを切った。駅周辺の土地購入も含めた攻めの投資も行われている。
現在はグラントウキョウサウス/ノースタワー、高輪ゲートウェイ駅周辺、JR横浜タワーなどターミナル駅が中心になっている。しかし、アフターコロナ時代のリモートワーク普及などを考えると、高尾〜大月間の住宅向け不動産投資も検討材料だろう。バブル期には積水ハウスが四方津駅付近にニュータウン「コモアしおつ」を開発した前例がある。
現在は大月市が大月駅北側、猿橋駅周辺、鳥沢駅周辺を「居住機能及び都市機能を誘導する区域」と定めて、40年目標でまちづくりに取り組んでいる。上野原市もコンパクトシティ構想を掲げている。こうした自治体の動きとJR東日本の不動産部門が結びつけば、中央線快速電車のグリーン車も地域の魅力アップに貢献するだろう。
23年2月に沿線開発の得意な東急不動産がJR東日本と包括的業務提携契約を結んだことも興味深い。中央線グリーン車は沿線のまちに活気を与えそうだ。
人口減に歯止めをかけたい大月市。県都甲府への距離は約35キロメートル。東京との距離は約75キロメートルと遠さを感じるけれど、リモートワークを兼ねればちょうどいい距離かもしれない。大月〜八王子は約40キロメートルで所要時間は快速で約45分。特急で約30分だ。通勤圏になる(出典:大月市、大月市立地適正化計画)
大月駅は富士山観光の乗り換え拠点でもあるけれど、魅力的な施設が少ないため、ほとんどのレジャー客は乗り換えにとどまり下車観光しない。レジャー拠点としての開発が必要だ。「JRや富士急行の将来を見越した投資と協力が必要」という文言が見える
(出典:大月市、大月市立地適正化計画)
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICETHREETREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
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