日本でリテールメディアの成功に不可欠な、3つのポイント:がっかりしないDX 小売業の新時代(1/4 ページ)
小売業がメディアを運営することで広告収益へとつなげていく「リテールメディア」。米国の小売企業の取り組みを真似するだけでは、成果は得られないと筆者は指摘する。リテールメディアを成功させるために押さえておくべきポイントとは――。
連載:がっかりしないDX 小売業の新時代
デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。
小売業がメディアを運営することで広告収益へとつなげていく「リテールメディア」。前回の記事「日本のリテールメディアが攻めあぐねる、3つの理由」では、リテールメディアに対する誤解と失敗する原因について書きました。今回は、リテールメディアを成功させるために押さえておくべきポイントを見ていきましょう。
著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)
20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。
現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」顧客体験(CX)部会リーダーなどを兼務する。
公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇
公式Twitter:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質: 小売業5.0』
ECサイト以外でメディア収益を上げる方法
前回、リテールメディアが成功しない原因の一つとして、ECサイトの売上高が小さい、という点を挙げました。家電量販店のヨドバシカメラのように、国内のEC売上高が2位(22年度、約2100億円)のような企業であれば、米国で伸びているようなRetail Mediaの手法も通用するでしょう。
しかし、大多数の小売業はECサイトの売上高が大きくありません。そうした企業でも、Webで物販以外の収益を上げる方法は存在します。
分かりやすい事例として、大手ドラッグストアであるマツモトキヨシが展開する「Matsukiyo Ads」があります。どういったモデルなのか、「Think With Google」から引用してみましょう。
Matsukiyo Adsとは、Googleの広告ソリューションやマーケティングプラットフォームを生かしたメーカーとマツキヨの共同販促モデルです。メーカーの製品の広告をGoogle広告(YouTube動画広告、ディスプレイ広告、検索広告)にて配信。マツキヨが主幹することでマツキヨポイントカードアプリとの連携が可能となり、広告に接触した人が店頭に訪れ商品の購入につながったかどうかなどの検証ができます。
【メンズコスメブランド「ギャツビー」の事例】
広告接触から購買に至ったアプリ会員は、全アプリ会員数の4%と高い購買率となり、施策実施前後で比較すると、176.7%の伸長となりました。この7月は昨年よりも平均-4℃の冷夏が影響し、販売数全体は66.7%と低迷しました。しかし、マツキヨデジタル会員の販売数は、90.3%、非会員を含めても70.4%と比較的良好な数値で推移したのです。さらに、動画広告のCTRやVTRが必ずしも高くないケースでも、来店や購買につながることも分かり、お客さまの行動喚起につながる可能性が高いことも明らかになりました。
マツモトキヨシホールディングス 執行役員 営業統括本部営業企画部長 兼 オンラインビジネスユニット シニアユニットマネージャー 松田崇氏
※一部表現を編集部ルールに沿って修正
Webメディアにはさまざまな種類があるので、Matsukiyo AdsのようにYouTubeなどのメディアを使ってメーカーと小売業がWin-Winになる手法もあります。自社ECサイト以外のWebメディアや自社アプリに強い企業が取りうる選択肢の一つです。
また、ECサイトでなくても、一つでも強いWebメディアや自社アプリがあれば、それに相乗りする形で同一企業が展開するWebメディアに展開することが容易になります。ここでメディア価値が高いというケイパビリティが必要条件になることを忘れてはいけません。Matsukiyo Ads の仕組みをWebメディアに弱い小売業他社が真似しても機能しないのです。日本の実店舗中心小売業が、この事例ほど価値が高いWebメディアや自社アプリを持っていることはまれです。安易に事例を模倣するだけでは失敗します。
また、リンク先で書かれている3つの事例の全てがYouTubeだけではなく、店頭での展開強化と連動していることも重要です。他社が学ぶべきは表面上やっていることではなく、店頭実行力や、後述する社内を動かす活動です。
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