有名な戦略フレームや成功事例が「マーケ現場で役に立たない」真のワケ:トライバルメディアハウスのマーケ戦略塾(3/3 ページ)
書籍やセミナーで学んだ有用なフレームワークを使ってマーケティング戦略を策定したのに、いまいち成果が出ないのはなぜでしょうか? マーケ現場で役にたたない真のワケを解説します。
戦略フレームや事例が「現場で使えない」真のワケ
戦略理論やフレームをそのまま自社商材に当てはめてしまうのは「抽象→抽象のミス」で、事例をそのまま自社商材に当てはめてしまうのは「具体→具体のミス」と言えます。
「抽象→抽象のミス」から説明しましょう。
そもそも抽象化された概念やフレームは、複数の「具体」をグツグツ煮込み、パターンや法則性を抽出することによって、シンプルなのに、多くのことをひとつの図で説明できる状態に「抽象化」したものです。上手に抽象化されたフレームによって、多くの具体を説明せずとも「AもBもCも、つまりこういうことです」と一発で説明できてしまいます。
一方「そんな教科書的な戦略フレームなんて現場では使えねえよ!」などと言われることも少なくありません。事実、マーケティングの現場では数多くの理論やフレームが用いられていますが、うまくハマっているものは少ないように感じます。
しかしその最大の理由は、借りてきた服をそのまま着ているからなのです。サイズが大きすぎる、または小さすぎる。袖が長すぎる、丈が短すぎる。夏なのに長袖、冬なのに半袖。重ね着が変。上着とパンツのコーディネートがバラバラ。そもそも、自分にまったく似合っていない。ファッションのトレンドが大きく変わっているのに、10年前の服が好きでずっと着続けているなんてこともあります。これらは、服が悪いのではありません。自身のキャラクターや雰囲気に合わせて、体型に合った服を、季節や環境変化に応じて着られないカスタマイズやチューニングに問題があるのです。
抽象概念やフレームも同じです。商品カテゴリー、顧客の購買特性、商品力(製品パフォーマンス)、価格競争力、配荷力、投下できる広告宣伝費、ブランド力、顧客基盤、マーケットシェア(市場ポジション)、競合状況、経済状況などによって「自社が抱えるマーケティング課題」は、他社の課題とはまったく異なったものになります。にもかかわらず、借りてきた抽象概念やフレームをそのまま自社に当てはめて戦略をつくってしまう。そんなやり方で「自社にフィットした戦略」がつくれるはずがありません。
洋服なら自身に合った既製品をうまく選択して着こなせばそれなりにフィットさせられますが、戦略はフルオーダーで完全カスタマイズしたものでなければなりません。抽象概念やフレームは、自社のマーケティング課題を手早く、かつ正しく抽出する際や、戦略を策定する際の指針や定石を示してくれます。しかし、それはあくまで「考える枠組み」であり、「枠組みに当てはめれば答えが出る」ものではありません。複数の具体を煮詰めてつくられた抽象概念やフレームを具体に戻す際は、必ず自社の状況に合わせてチューニングやカスタマイズをする必要があることを絶対に忘れないでください。
次に「具体→具体のミス」について説明します。
戦略理論やフレームは「具体」をグツグツ煮込むことによって、一定のパターンや法則性を見いだし、抽象化したものです。一方の成功事例は、特定の状況において生じていた特定の課題を特定の方法によって解決した「具体の権化」です。商品特性も競合環境も保有する経営資源も顧客基盤も自社とは何から何まで違う「具体の権化」を、そのまま自社に当てはめてもうまくいくはずがありません。
具体の権化である事例は、類似する事例を複数集め、成功のパターンや法則性を抽象化する必要があります。そして、それを「抽象→抽象のミス」を発生させないように留意しながら「抽象→具体」としてチューニングやカスタマイズをするのです。
厳しい言い方になりますが、マーケターはこの「当たり前のひと手間」をサボり過ぎです。戦略理論やフレームを活用する際には「抽象→具体」、事例研究を行う場合は「具体→抽象→具体」のプロセスを徹底してください。
本連載の最終回となる次回は、経営の生産性向上を目的とした分業体制が逆に従業員の「やりがい」や「働きがい」を減衰させ、離職率の上昇や競争力の低下を招いている業界全体の課題と、これからの時代に求められるマーケター育成の組織体制について解説します。
著者紹介:株式会社トライバルメディアハウス代表取締役社長 池田 紀行
1973年横浜生まれ。マーケティング会社、ビジネスコンサルティングファーム、マーケティングコンサルタントなどを経て現職。大手企業300社以上の広告宣伝・PR・マーケティングの支援実績を持つ。宣伝会議マーケティング実践講座 池田紀行専門コース、JMA(日本マーケティング協会)マーケティングマスターコース講師。 年間講演回数は50回以上で、延べ3万人以上のマーケター指導に関わる。近著『売上の地図』(日経BP)、 『自分を育てる働き方ノート』(WAVE出版)ほか著書・共著書多数。Twitter:@ikedanoriyuki
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