雪見だいふく、クーリッシュを生んだ創造的思考力とは? ロッテ社長が母校で出張授業
ロッテの牛膓(ごちょう)栄一社長は横浜市の大道小学校で出張授業をした。その狙いと手応えは? 牛膓社長にインタビューした。
「アイスと青汁を混ぜて……」
「えー!?」
ここは横浜市金沢区にある大道小学校。6年生の児童約30人がいくつかのグループに分かれて、ワイワイガヤガヤと話し合っている。
「えー、時間がきました。皆さんのアイデアをぜひ教えてください」
教室の前方でこう声を張り上げるのは、菓子メーカー大手・ロッテの牛膓(ごちょう)栄一社長。すると一斉に「はい!」「はい!」と勢いよく手が挙がった。
「チョコレートと豆腐を掛け合わせて、柔らかいしヘルシーなお菓子を考えました」と男子児童が立ち上がって発表すると、「そうだね、豆腐は健康にいいしね」と牛膓社長はすかさずあいづちを打つ。
この日はロッテが出張授業を実施していた。2021年度にスタートしたこの取り組みは、商品開発する上で大切な考え方などを楽しく学び、新しいアイデアを出すなど、創造的思考力を身に付けることを目的とする。その根底にあるのが「ロッテノベーション」。ロッテとイノベーションを合わせた造語で、固定観念から脱却した新しい発想で物事に挑戦するというもの。
例えば、アイスと餅を掛け合わせた「雪見だいふく」や、ペットボトルをヒントにフタ付きで持ち運びできるようにした「クーリッシュ」なども、そうした発想から誕生した商品だ。
出張授業に関して、22年までは専任の社員2人がいくつもの学校を回っていたが、23年度からは兼任講師を公募。20人の社員が加わったことで一気に活動の幅が広がった。実績も着実についてきており、21年度は35校、22年度は72校、そして23年度は101校と、開催回数は倍々に増えている。
牛膓社長が出張授業に参加するのはこれが2度目で、今回の場所にはどうしても来なくてはならない理由があった。それは自身の母校だからだ。卒業以来、およそ50年ぶりの来校だという。
6年生の2クラスで「ロッテ イノベーションチャレンジ 〜未来のおかし開発室〜」と題した授業を行った後、今度は6年生全員を集めてキャリアについての講和をした。そこでは小学生時代の話や、楽しく生きていく上での心構えなどを語った。
なぜロッテは小学生に向けた出前授業を始めたのか。その手応えは? 牛膓社長にインタビューした。
「自分もやりたい!」 社員から応募が殺到
──出張授業で講師を務めるようになって、何か新しい発見はありましたか?
前回(22年に埼玉県戸田市の小学校で授業)も感じましたが、ITの時代に身を置く今の子どもたちは、人と人とのつながりが希薄なのかと思っていたけれど、意外とオープンで、コミュニケーションもうまい。授業の最後に皆とハイタッチした時も、昔の子どもの姿とそう変わらないなと安心しました。学校の教育もしっかりしていると感じました。
子どもの数自体は少なくなっていますが、この子たちに将来きちんと育ってほしいという思いが一段と強くなりました。
──出張授業は牛膓社長の発案ですか?
そうですね。大きく2つの目的を持って始めました。
一つは、会社としてのCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)活動において、お菓子やアイスといった人々の身近にあるものがもっと社会に貢献できないか、社会課題に対して何か価値を見いだせないかと考えたとき、文部科学省などが推進する「アクティブラーニング」に生かせると思いました。世の中では自分自身で考えて行動する人材が強く求められていますが、子どもの頃からそういうスキルを習得するお手伝いができればと。
もう一つは、インナーブランディングの向上です。「うちの会社は学校まで足を運んでロッテノベーション教育を広めているのだな」「こんなにも社会的な貢献活動をしているのだな」といったことを社員に実感してもらいたい。それが会社に対するロイヤリティーにもつながると考えているからです。
──実際、社員の反応はいかがですか?
3年目となる今年、初めて兼任講師制度にしました。最終的に20人の社員を選抜したわけですが、実はそれを上回るかなりの人数が立候補していたのです。
選ばれた人たちは例えば、他人に教えるスキルなど、今まで見えてこなかった能力を開花させていて、結果的にそれが人材育成にも役立っています。
何よりも最初に選ばれた専任講師の2人が見違えました。表情が明るく、発言が前向きになって、自分の仕事に誇りを持つように。会議中でも出張授業の話などを滔々(とうとう)と語り出したり、経験者としてわれわれに教えてくれたりと、取り組みへの熱意を感じます。
こうした変化の要因は、子どもたちの反応があることも大きいと思います。今日の私もそうでしたから。社長という立場だし、卒業生だからなおさらというのもあるかと思いますが、子どもたちも授業を喜んでくれて非常にうれしかったです。
一般社員だけでなく、ぜひうちの役員にも講師をやってほしいですね。自分の出身校に行ってきなさいと。役職など関係なく、皆が経験した方がいい。
自分の満足よりも他人の幸せ
──定員数以上も応募が来たというのは興味深いですね。それは最初の専任者が変わっていく様子を見て、他の社員もやりたくなったのでしょうか?
それもあると思います。あとは、教育現場に対して何かお手伝いしたいといった、社会貢献マインドに火がついた人も多いはずです。ロッテでは「独創的なアイデアとこころ動かす体験で人と人とをつなぎ、しあわせな未来をつくる。」というパーパスを掲げており、それが浸透してきたのではないでしょうか。
商品を販売して、お客さまに喜んで食べてもらうだけではなく、自分たちの活動が世の中に価値を提供し、存在感を発揮したいと考える社員が増えています。今までのように仕事が非常にうまくいってどんどん出世することよりも、会社としてどんな社会貢献ができるのか。自分の満足よりも他人の幸せ。こっちの意識の方が強いですよ。
われわれの世代は少なかったけれど、今の若い世代はそういう人が多いです。実際に入社試験でも「ロッテに入って、一人でも多くの人の笑顔を見たい」と本心からそう話す人もいます。外に目を向けていて、とてもいいことだと思います。
従来は内向きな部分もあったけれど、これからはもっとオープンになっていこうと、さまざまなことに取り組んでいる最中。私は社長としてその役目を担っています。自分だけ成長すればいいという考え方はだめですよ。
──出張授業を続ける上での苦労、あるいは工夫はありますか?
学校側としては毎年新しい児童が対象になるため、まだマンネリ化はしていません。ただ、出張授業のプログラムは担任の先生が興味を持ち、申し込んでいただくことが多く、単年で終わる学校が多いです。そのため、校長先生や副校長先生などに価値をアピールしながら、学校のプログラムとして、毎年続けてもらうように動いています。ありがたいことに、既にリピート校がいくつか出ていますし、前に担当された先生が異動先の新しい学校でも実施してくれたケースもあります。
出張授業そのものはいろいろな会社がやっていますが、菓子業界で先駆者になれればと思っています。お菓子は子どもにとって身近で、普段はなかなかクラスで目立たない児童が積極的にアイデアを出して、担任の先生が驚いたという声もいただきました。
──子どもたちに向けた貢献活動として、他社との差別化ポイントや、ロッテならではの特色は何でしょうか?
他の会社との比較はできませんが、ロッテが強みとしているのは「噛(か)むこと」です。噛むことと健康の関係に着目し、18年に「噛むこと研究部」を開設しました。そこから医学や歯学、美容、スポーツといった分野の専門家と組んで、さまざまな研究などで得た知見を世の中に広めています。
その一環として、保育園や幼稚園にキシリトールラムネを配布したり、口腔(こうくう)機能を高めるためのフーセンガムトレーニングをしたりもしています。こうした取り組みは医学の先生などから高い評価も得ています。地道な活動ですが、今後も続けようと思っています。
著者プロフィール
伏見学(ふしみ まなぶ)
フリーランス記者。1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。
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