伊藤忠が「人事改革の失敗」から得た教訓 “働きやすい会社”を目指すのはやめて、どうしたのか:【前編】徹底リサーチ! 伊藤忠商事の人的資本経営(2/2 ページ)
労働生産性を着実に向上させてきた伊藤忠商事。「働きやすい会社」を目指した人事制度改革の“失敗”を経て、現在はどのような戦略目標を掲げているのか。変革の裏側と、人的資本経営の真髄に迫る。
「働きやすい会社」を目指して失敗した過去
奈良: 伊藤忠商事さんは今、人的資本経営の文脈でも非常に参考にされることの多い企業だと思います。創業166年と歴史も長いと思いますが、いつ頃から今のような人的資本経営を推進されているのでしょうか?
岩田: 実は、今から20年前、人事制度を大きく改革したのですが、失敗した過去があります。
3000億の特別損失を出すような厳しい時代でして、こういった背景から人事制度を大きく変革する必要に迫られていました。
当時は、等級があって追い越し禁止みたいな、いわゆる職能資格制度を導入していたのですが、仕事に応じて給料が決まる職務給制度に変更しました。
これに加えて、従業員に長く働いてもらえるような環境整備が必要だと考え、「働きやすい会社」を目指してさまざまな制度改定を行いました。
一例として、海外現地社員の幹部登用・本社受け入れや毎年一定数のキャリア採用、新卒総合職女性比率向上といった採用に関するものや、育児短時間勤務、配偶者海外転勤休職制度といった制度拡充を行いました。
奈良: 今でも多くの企業がこういった活動に取り組もうとされてますよね。これが失敗につながったんですか?
岩田: そうなんです。失敗しました。
例えば、採用に関する施策については現実と乖(かい)離した目標値を設定してしまい現場が疲弊しました。例えば、数値目標が高いが故に海外の各店、各国にいる現地社員を無理に受け入れて登用したり、当時はほとんど新卒採用だったのに、キャリア制度を増やしたりですね。
一例を挙げると、女性総合職では当時10%強だった採用比率を当時20%、後に30%にするなど、目標を高く掲げていました。すると、必ずどの部にも公平に女性を配置しようとなります。
われわれ商社は日本社会の縮図で、繊維とか機械とか金属とかさまざまな産業がありますが、中には女性が少ない業界、女性がそこまで行きたがらない業界もあります。そういう業界の部署でもある意味平等に最低1〜2人配置をするなどもしていたので、従業員や現場の意識と大きくずれてしまっていた、というミスマッチが起こりました。
奈良: トップダウンで女性比率の実現をしようとしたところ、目標が厳しかったことも影響して現場と人事で意識のずれが生じてしまったんですね。制度も拡充されていましたが、そこはどうだったんでしょうか。
岩田: ここも、自身のキャリアなどを考慮せず、休めるから休まなきゃ、といったとにかく権利を行使しようという風潮ができてしまいました。自身のキャリアを第一に考えてほしかったんですが、そこでギャップが出たんですね。
これが今の「厳しくとも働きがいのある会社」をテーマとした人材戦略の前の状態である「働きやすい会社」を目指していた時代、20年前ぐらいのことです。
奈良: 働きやすさ、働きがいというのは似ているようで重要な違いがありますよね。働きやすい環境は大事であるが一歩間違えると、権利を行使する方向に誘導しやすくなるというバランスが難しいなと感じます。
その後、改革のテーマを「働きやすい会社」から「厳しくとも働きがいのある会社」へ変更されたのは、いつ頃なのでしょうか?
岩田: 2010年ですね。現在の代表取締役会長 CEO岡藤が社長に就任した年です。
「厳しくとも働きがいのある会社」をテーマとした働き方改革着手の背景として、これまで述べてきたような社内状況に加えて、財閥系の他商社と比べ相対的に社員数が少なく、さらには主力事業もB2Cに近く現場に行って日銭を稼ぐビジネスモデルであることから、他社よりも少数精鋭で生産性を高める必要性があったという背景もありました。
奈良: だからこそ、「厳しくとも働きがいのある」というコンセプトなんですね。実際にどのように変革していかれたのか、教えてください。
3月26日(火)掲載の次回記事では、伊藤忠商事の働き方改革に迫る。
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