日立の「1兆円買収」が加速させた日本企業のDX 顧客との「真の協創」へ:「シリーズ 企業革新」日立編(2/2 ページ)
日立が再成長を果たした裏側に迫る連載の第5回は、GlobalLogic Japanのデジタルエンジニアリングエバンジェリストの後藤恵美氏に日本市場での今後の展望を聞いた。
ノジマの店舗内DXを支援 案件に応じベストチームを編成
GlobalLogicが2000年に創業して以降、グローバルで進めてきた顧客のDX支援は約600社にのぼる。GlobalLogic Japanでも設立後から実績を積み上げていて、その内容を公表している。
協創した企業の一つが、家電販売のノジマだ。取り組んだのは店舗内DXプロジェクトで、Lumada Innovation Hub Tokyoの機能を活用して進められた。店舗スタッフへのヒアリングやワークショップなどを複数回実施したのち、GlobalLogic Japanが20ほどのアイデアを提案。最終的に4つのテーマに絞って5つの店舗内デジタル施策案に集約し、2023年1月に「接客営業の生産性向上」や「顧客満足のさらなる向上」に向けたPoCがスタートした。
ノジマのプロジェクトでGlobalLogic Japanは、ビジネスをハンドリングするストラテジスト、ユーザーエクスペリエンスを構想するデザイナー、システム面を設計するアーキテクト、プロジェクトをマネージするプロジェクトマネージャの4つの役割を核にスタッフを編成。グローバルの拠点からもスペシャリストを招集した。後藤氏によれば、このチーム編成もGlobalLogicの特徴だという。
「日本だけに限らず、GlobalLogicでは案件の性質に応じてベストミックスでチームを編成しています。この段階はこの人、この内容はこの人と考えて選びます。ノジマさまのケースでは、現場見学の段階から米国と英国のメンバーが入り、ワークショップからインドのメンバーが加わり、開発はインドのチームが中心となって進めました。もちろん、ノジマさまは日本の企業ですので、日立グループのデザイナーにも入ってもらって、日本の文化を理解し、日本語でコミュニケーションができるチームになっています」
ノジマのプロジェクトでは、まず簡易的なUIを用意してデモを繰り返し、アジャイル開発によるPoCアプリケーションの製作とアップデートを反復した。関係者が驚いたのはそのスピードだ。開始から4カ月で全てのPoCを終了して、顧客のニーズを満たす最小限のプロダクトであるMVP(Minimum Viable Product)の開発フェーズへと移行した。このスピードが実現するのは、顧客側との協創があってこそだと後藤氏は実感している。
「手法としてのアジャイルは、おそらくウォーターフォールの会社でもできると思います。しかし、業務と合わせて開発を回していく際に、顧客の意思決定者のコミットメントがなく『予算の設定や意思決定は稟議を通さなければ決められません』といったプロセスだと、本当の価値を創造するアジャイルは難しいと思います。ノジマさまには、IT部門だけでなく業務部門の方にも、週に1回は時間を作っていただくようにお願いをしました。打ち合わせに出ていただくことに加えて、決める必要があることはすぐに決めていただく。完璧ではないものの、この部分からリリースするといったことを決めていただいて、実行してきました」
実際にリリースすると、事前には分からなかったことが必ず出てくる。ノジマのケースでは思ってもいなかったフィードバックが70件以上も積み上がったという。
「70件全部を取り入れるのではなく、業務部門で意思決定の権限を持っている方と一緒に議論しながら、進める順番や改良する内容を決めています。最終形がない中で、より良くする取り組みをしているところです」
デジタルで価値創造の幅を広げる
日本の企業がDXを進める場合、コストの最適化や効率化を重視する傾向がまだまだ強い。その一方で、DXによって成長したいと考えても、どうすればいいのか分からない企業が多いのではないだろうか。GlobalLogic Japanが目指しているのは、顧客の現場で働く従業員の声を聞き続けて、成長の種を見つけ、スピードを持ってDXによる価値創造に取り組んでいくことだ。
「GlobalLogic Japanはアウトソーシングではなくインソーシングパートナーとして、日本国内でリーディングカンパニーのポジションをとっていきたいと考えています。技術もどんどん変わっていく中で、顧客の事業戦略の変化にも柔軟に対応しながら、一緒に継続的に新たな価値を創造していきたいですね。現状では開発のエンジニアはGlobalLogicのグローバルメンバーが中心になっているものの、顧客からの要求の理解やデザイン、アーキテクチャには日本語が必要になります。日立グループの社員や、日本で採用したバイリンガル人財、または日本の市場を理解しているメンバーを今以上に増やしていきながら、これから組織をもっと大きくしていきたいですね」
GlobalLogic Japanが進めるビジネスも、日立のLumadaを軸にしたものだ。Lumadaはビジネスのアセットがデジタルである顧客から浸透し、現状では「One Hitachi」と呼ばれるOTやエネルギー、鉄道、産業ソリューションに広がり、プロダクトとデジタルをつなげた新しいサービスを生み出している。
そこに生成AIが発展してきたことで、日立では社内の業務効率化とビジネスでの活用を同時に進めている。そもそもGlobalLogicは米シリコンバレーの企業の中でも、生成AI活用のトップランナーの1社だ。日立とGlobalLogicがともに取り組むことで、ITはもちろんOTでも新たな価値が創出されようとしている。
2024年4月に、日立のデジタル戦略の中核を担う日立デジタルも GlobalLogic Japanも、設立3年目の年に入った。Lumada事業は企業との協創や価値創造の幅をさらに広げながら、「縦と横で面積を取りに行く」フェーズの年になりそうだ。
著者プロフィール
田中圭太郎(たなか けいたろう)
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。雑誌・webで大学問題、教育、環境、労働、経済、メディア、パラリンピック、大相撲など幅広いテーマで執筆。著書に『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)、『ルポ 大学崩壊』(ちくま新書・筑摩書房)。HPはhttp://tanakakeitaro.link/
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