上司が謝ってしまったら……進むカスハラ対策、最大の難点は「あいまいすぎる境界線」:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(2/3 ページ)
厚労省はカスハラ対策として、企業に「カスハラ対策」を義務付けるべきだとする報告書の素案を示しました。有識者検討会が「カスハラの定義」を定め、対策や対応マニュアルの整備を企業に求める方針です。しかし、カスハラ問題の難しさが消えるワケではありません。グレーゾーンが多く、対応が難しいカスハラと企業はどのように向き合っていくべきでしょうか。
「過度な要求」ってどこまで? 誰が判断するのか?
こんなケースもあります。
2023年6月30日、自治体としては初めてカスハラ対策に乗り出した札幌市では、市役所内にカスハラの啓発ポスターの掲示し、電話対応が主要業務の「市民の声を聞く課」で住民に告知した上で、通話の録音をスタートしました(参考:札幌市Webサイト)。
さらに今年からは広聴部門でも通話の録音を開始し、「世間話などで長時間の時間拘束に及んだと判断した場合、30分から1時間をめどに対応を打ち切る」「脅迫や強要などの行為があった場合に、ちゅうちょせずに警察など関係機関に連絡する」などと明記した「広聴部門におけるカスタマーハラスメント対策マニュアル」の運用をスタートしています。
しかし、ポスターにある「このくらい当然でしょ?」という過度な要求の境界線は? 強く言ってしまうのは「暴言」にあたるのでしょうか? そしてそれは、誰が判断するのでしょうか?
しいたげられ、苦しむ現場の声
東京都の資料の下部に「上記の判断が難しいグレーゾーンも多い」と注釈が付けられているように、ほとんどのカスハラがグレーゾーンであり、そのグレーゾーンの多発が慢性的なストレスとなって、働く人の心をジワジワと傷つける。反復性や継続性のない「たった一度」の暴言でうつに至らしめたり、苦しめたり。
先月、厚労省が発表したデータによると、仕事によってうつ病などの精神障害を発症し、2023年度に労災認定を受けた事案は883件。統計を始めた1983年度以降の過去最多を5年連続で更新したとのことですが、このうち「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が原因だったのは52件で、うち45件は女性、自殺者(未遂含む)は1人です。
「たまたま目の前にいた人=働く人」を、たった一度の暴言でうつに至らしめたり、苦しめたりしていいわけはない。
外国人はちゃんと外で待っていてくれるのに、日本人はなかなか出てこない。そのくせ待機時間過ぎたのでキャンセルします、と連絡すると怒り出すから怖いです(タクシー運転手)
男性は大声を出すから回りも気付きます。やっかいなのは女性です。ずっと文句言い続けて、挙句にお金を返せと。返すまで帰ろうとしない人もいます(サービス業の店員)
駅からの道順が教わった通りじゃなかった。時間を無駄にしたと延々と怒られました。カスハラは日常茶飯事です。国が宿泊拒否を認めてくれたので、あまりにもひどい時は拒否しますが、なかなかそれも勇気がいるんですよね(ホテルのフロント)
会社がどんなにカスハラ対策をアピールしても、なくならないですよ。何がきっかけで怒りだすのか全く分からないし、周りの人たちも見て見ないふりするし。昔はお客さんとお話するのが楽しかったですけどね。時代は変わってしまいました(航空会社の社員)
これらは全て“現場の声“です。現場の人たちの声に耳を傾ければ傾けるほど、カスハラの日常性と、人々の顧客意識の過剰さを痛感します。
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