上司が謝ってしまったら……進むカスハラ対策、最大の難点は「あいまいすぎる境界線」:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(1/3 ページ)
厚労省はカスハラ対策として、企業に「カスハラ対策」を義務付けるべきだとする報告書の素案を示しました。有識者検討会が「カスハラの定義」を定め、対策や対応マニュアルの整備を企業に求める方針です。しかし、カスハラ問題の難しさが消えるワケではありません。グレーゾーンが多く、対応が難しいカスハラと企業はどのように向き合っていくべきでしょうか。
カスタマーハラスメント、通称カスハラが働き手に与える悪影響が深刻化するなか、やっと、本当にやっと、国が法制化に向けて動き出しました。
厚生労働省の有識者検討会は7月19日、「従業員を守る」観点から企業に「カスハラ対策」を義務付けるべきだとする報告書の素案を示しました。具体的な法整備は今秋以降、労使の代表者らが入る労働政策審議会(厚労相の諮問機関)で議論するとしています。
検討会では「カスハラの定義」を、以下の3要素として明記しました。
(1)顧客、取引先、施設利用者その他の利害関係者が行うこと
(2)社会通念上相当な範囲を超えた言動であること(契約内容を超える要求・つばを吐きかける・SNSへの暴露をほのめかした脅しなど)
(3)労働者の就業環境が害されること
企業側は義務として、従業員が顧客のみならず取引先からカスハラを受けた際の対策に加え、顧客対応マニュアルの整備も求められます。
上司が謝ってしまったら……あいまいすぎる「カスハラの境界線」
すでに大手企業が続々と「カスハラ対策」なるものを発表していますし、東京都では条例化に向けて動いています。ここで国が動いて法律ができれば、何らかの強制力になることは間違いないでしょう。
一方で、カスハラの最大の問題は「境界線」です。カスハラの加害者は「ごく普通の顧客」である場合が多く、「契約内容を超える要求・つばを吐きかける・SNSへの暴露をほのめかした脅し(国が決めた定義)」とは言い難い、グレーゾーンの多さです。
例えば、条例化を進めている東京都では、「カスハラの境界線」を申し出の「内容」と「手段・態度」の相当性としたうえで、「頼んでいた子どもの誕生日ケーキ(3000円)の名前が間違っていた場合」のケースを例示しました。
「子どもの名前が間違っていては使えません。代金の3000円を返してもらえますか?」と丁寧な口調で言った場合は、カスハラにはなりません。しかし、そこで胸ぐらをつかんだらNG。カスハラほぼ確定です。
また「子どもの名前が間違っていては使えません。代金、返してもらえますか?」と丁寧な口調でも、1億円を要求したらNG! カスハラになります。
……では、1万円だったらどうなのでしょうか?
「胸ぐらをつかむ・1億円要求」=「社会通念上相当な範囲を超えた言動」と断定できても、「1万円要求」=「社会通念上相当な範囲を超えた言動」とは断定できるのでしょうか?
あるいは、現場の従業員は「1万円の要求をカスハラ」と判断し、毅然(きぜん)とした態度で断ったとします。そこで顧客は「上を呼んでこい!」と言い出す可能性は高いでしょう。ところが呼ばれた上長が「申し訳ございません。お子さまの誕生ケーキをこちらのミスで……」と謝罪し、1万円の要求に応えてしまったら?
カスハラ対策、大失敗。それを見ていた従業員たちは「従業員は会社に守られている」と安心できるでしょうか?
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