「社員の学ぶ意欲が低い」「リスキリングが進まない」と悩む経営者の大きな勘違い:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(1/2 ページ)
「社員の学ぶ意欲が低い」「リスキリングが進まない」と悩む経営者や人事担当者が多いが、果たして本当に社員の問題なのだろうか? こうした“嘆き”が生まれる背景にある経営者の勘違い、そして取るべき対応とは──。
先日、リスキリングについて奇妙な質問を受けました。
「日本の会社員は学ぶ意欲が低いと言われていますが、その理由を教えてください。うちの会社でも、リスキリングは必要という認識を持っている社員は多いのに、実際に取り組む社員は少ない状況です。リスキリングを積極的に受けた方が自分の居場所を会社で得やすくなるし、何よりも転職しやすくなると思うのですね。社員の学習意欲を高めるには、どうしたらいいでしょうか?」
この日は、中間管理職など部下を持つ人たちに向けた講演会で、私はいつも通り最後に質疑応答の時間を取りました。そのとき、真っ先に手を挙げたある大企業の人事部の人が、こう質問したのです。
とはいえ、おそらく多くのみなさんは、私がなぜ「奇妙な質問」と感じたのか分からないかもしれません。
「リスキリング=転職」「リスキリング=学びなおし」は間違い
なにせ日本企業は「新しい横文字の概念」を輸入し、「日本独自の概念」に変えてしまうのが大得意です。ジョブ型、パーパス経営、ウェルビーイング、エンゲージメント……次々とカタカナを使って「僕たち仕事しています感」を醸し出してきました。
その横文字に込められ研究者たちの思い、その概念が提唱された背景や真実を深掘りすることなく「○○てっいうのが、米国で流行っていますよ!」「いいね! それだそれ。○○で行こう!」というかのごとく、目新しい言葉を使うのです。
先日の自民党の総裁選でも、小泉進次郎氏が立候補した際「私が総理大臣になった暁には」の政策に解雇規制の緩和を掲げ「転職しやすくなるよう、リスキリングや再就職支援の義務付けを整理解雇の要件に加える」と述べました。
まさに、これがその現象です。リスキリングは本来、転職や雇用の流動化を目的にしません。「リスキリング=学び直し」でもありません。
リスキリングは経営戦略 「社員に投資したほうがコスパがいい」
本来のReskillingは単なる個人=働く人の学習の手段でなく、結果=企業の成果(生産性向上)につなげるための戦略です。リスキリングは「未来の雇用」のためのものであり、「新しい価値」を生むための、企業全体の取り組みなのです。
つまり、経営者のちゃんとした「経営戦略」があって初めて意味を持つ教育であり、一部の社員だけではなく、新入社員から経営サイドまでの全人材に対してリスキリングが行われることで、技能だけでなく、適応力、コミュニケーション能力、さまざまな企業や人たちと協働する能力、新しい仕事を創造する能力の強化を目的に行う取り組みです。
もともとはILO(国際労働機関)の「仕事の未来世界委員会」が2019年に公表した報告書で、「現在のスキルは、未来の雇用とマッチしないだろう。また、新たに獲得されるスキルも、迅速に陳腐化する恐れがある」と指摘したことで、Reskillingという言葉が知られるようになりました。また、欧米企業が、リスキリング志向を高めたのは「わが社の社員に投資した方がコスパがいい」という試算が示されたのがきっかけです。
世界経済フォーラムとボストンコンサルティンググループが、米国におけるリスキリングのコストを試算したところ、1人あたり約2万4800ドルで、社外から採用するよりコストを6分の1程度に抑えられると公表したのです(外部リンク)。
高齢化が進む先進国では、日本同様、労働人口が減少傾向にありますから、労働力をいかにして確保するかは共通した課題です。そんな危機感の中で「わが社の社員に投資した方がコスパがいい」というエビデンスが出され、リスキリング志向が高まっていったのです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
米Amazon、Googleも出社回帰 なぜ、わざわざ脱リモートするのか?
米Amazonがリモート勤務を原則廃止し、週5日出社に戻すと報道された。なぜ、リモートワークもできる世界的なIT企業がリアル出社に回帰しているのか。チームの生産性を向上させるには、どうしたらいいのだろうか。
「自分で考え、動ける社員」を作る──リコーは何をしているのか
「リコーは2020年にOAメーカーからデジタルサービスの会社になると宣言している」――リコーの長久良子CHROは、自社の人的資本戦略に変革が必要になった理由をこのように話す。リコーが2020年から進めてきた、自律的に考えて提案できる社員を育む人的資本戦略と、見えてきた課題感とはどのようなものか。
「育休はなくす、その代わり……」 子なし社員への「不公平対策」が生んだ、予想外の結果
出生率が過去最低となり、東京都ではついに「1」を下回ったことが大きく話題になっています。結婚や出産を希望する人が、安心してその未来を選べるようにするために、企業ができることは何か。「育児休暇をあえてなくした企業」の事例をもとに、社員を疲弊させない経営戦略について考えます。
「転職は裏切り」と考えるザンネンな企業が、知るべき真実
「お前はどこに行っても通用しない」「転職は裏切りだ」──会社を去ろうとする若手社員に、そんな言葉を投げかける企業がいまだに存在する。そうした時代遅れな企業が知らない「新入社員の3割が辞めてしまう理由」や、「成長企業できる企業の退職者との向き合い方」とは?
イオン「デジタル人材を2000人に」 どのように定義し、育てていくのか
イオンは「2025年までにデジタル人材を2000人にする」との目標を掲げている。デジタル人材の定義や育成方法を取材した。
