AIの不完全さを“隠さず、生かす” 「調布ごみナビ」が示すAI活用の在り方とは?【動画あり】
「AIの不完全さを隠すのではなく、生かす」という発想の転換からうまれた、ごみ分別自動案内サービス「調布ごみナビ」。開発の背景を東京・調布市の担当者に聞いた。動画あり。
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日本の企業は、100%の性能を目指すあまり、AI活用に慎重になりすぎるきらいがある――。AI活用の専門家に取材すると、こうした意見を聞くことが多い。
業務効率化など、自社に閉じた活用ならハードルは低いが、顧客など対外向けサービスへのAI活用には二の足を踏む、といった組織は多いのかもしれない。
こうした意味で、東京都調布市が進めるAI活用は、示唆に富む取り組みと言えそうだ。調布市が産学官の連携で開発・運用する「調布ごみナビ」は、捨て方が分からないごみを撮影しLINEアプリで送信すると、AIが自動で分別案内してくれるサービスだ。
「『AIの不完全さを隠すのではなく、生かす』という発想の転換があった」と市の担当者は話す。一体、どのような経緯から開発されたのか。
画像・テキストからごみを特定し分別案内
「これは燃やせるごみ、それとも燃やせないごみ?」
ごみの分別に迷ったことがある人はきっと少なくないはずだ。調布ごみナビは、こうした迷いを瞬時に解消してくれる。
LINEアプリから「調布ごみナビ」(ID:@chofu_gominavi)を友だち登録し、捨て方が分からないごみを撮影してトーク画面から送信する。すると、画像認識AIが写真の物体を認識し、調布市のごみ分別基準に照らし合わせて分別案内をする。
例えば、レインコート(雨合羽)を撮影・送信すると「品目:レインコート、カテゴリー:燃やせるごみ」とAIが判定し、「燃やせるごみ専用指定収集袋に入れて出してください」と捨て方を詳しく説明してくれる。
調布市によると、レインコートは着用するため「古布」と勘違いしやすく、住民からの問い合わせが多いという。
調布ごみナビは、調布市のほか、AIスタートアップ「Borzoi AI」(東京都千代田区)と電気通信大学の産学官連携で開発。深層学習による画像認識と大規模言語モデル(LLM)による生成AI技術を融合することで、ごみの適切な分別案内を可能にしている。
画像だけでなく、テキストの判別も可能だ。ごみの名前をトーク画面に打って送信すれば、同様に答えが返ってくる。さらに、ごみの正確な名前が分からない場合、その特徴をテキストで打てばAIが判定してくれる機能もある。
例えば、コンサート会場などで使われる、光る「ケミカルライト」。これを「お祭りで売っているライト」「コンサートとかで使う光るライト」などと打てば、「ケミカルライト」と判定し、その捨て方を案内してくれる。
調布ごみナビは、東京都が主催する「Tokyo区市町村DXaward 2024」で、最も優秀な取り組みに与えられる大賞(サービス部門)を受賞した。
誤った分別で火災多発 収集車が廃車に
調布ごみナビの開発の背景には、自治体の人手不足という課題があったと調布市ごみ対策課の雨宮礼さんは話す。
調布市では粗大ごみも含めて約1600点もの品目を分別してもらっています。近年、品物が増えてきたことから、ごみの分別は非常に複雑になってきています。市民の皆さまから ごみ対策課の方へ分別の問い合わせが日々寄せられているため、職員の業務負担も懸念し、何とか改善できないかというところで調布ごみナビの開発に至りました。
さらに、不適切なごみの分別による火災が発生。調布市に限らず、全国共通の行政課題になっているという。
調布市では推計で年間約6000トン以上もの古紙やプラスチックといった、まだまだリサイクルできるものが焼却されている実態があります。近年はリチウムイオンバッテリーをはじめとした充電式電池の分別の不徹底で、収集車両や処理場の火災が頻発しています。年間で収集車両の火災は約5件程度発生していて、今年度1台委託をしている収集車両がリチウムイオン電池の火災で発火して廃車になったこともありました。
このほか、近年増えている外国人居住者からの問い合わせに適切に答えられない「言語の壁」もごみの分別の課題となっていた。そのため、調布ごみナビは、最大で13カ国語の案内ができるようになっている。
AIの不完全さを「隠す」のではなく「生かす」
調布市では2024年4月から住民向けに調布ごみナビの試験運用を開始し、精度・機能の向上を図ってきた。2025年4月から本格運用をスタートする。
ごみ分別の正答率は、画像が90.5%、テキストが92.6%(2025年2月時点)。100%に達するわけではないが、それでも導入を決めた背景について、雨宮さんは次のように話す。
調布ごみナビの開発で得た重要な気付きは「AIの不完全さを隠すのではなく、生かす」という発想の転換でした。行政サービスでは正確性が求められますが、AIに100%の正確さを求めると、かえって市民サービスの向上機会を逃しかねません。
そこで採用したのが、AIが判定した結果について、その確実性が高い候補から順に、複数の選択肢として市民の皆さまに提示し、最終的には市民自身に分別を委ねる、という仕組みです。
市民からのフィードバックをリアルタイムで学習データに反映させる、継続的改善サイクルも重要です。完璧を一度に目指すのではなく、実運用しながら段階的に精度を高めていく方針を取りました。
生成AIを活用した自治体の「ごみ出し案内」サービスをめぐっては、2023年に香川県三豊市が、東京大学の研究室の協力を得て実証を実施。しかし、本格導入の条件としていた「正答率99%」に達しなかったため、導入を断念したというケースもある。
住民向けのサービスである以上、100%の性能を追求するのは当然のことかもしれないが、人間であっても100%正しい判定をするのは難しい。
「AIの不完全さを隠すのではなく、生かす」という調布市が実践した発想転換をヒントにすれば、AI活用のハードルが下がり、より多くの魅力的なAIサービスがうまれるかもしれない。
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