“静かな退職”は悪じゃない なぜ「日本人は休めない」のに「生産性が低い」のか:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)
一時期に比べれば、日本の長時間労働もやっと改善され、残業を美徳とする社会の風潮も薄れました。しかし一方で、いまだに「うまく休めない問題」は解決されていません。
仕事のために休まない
世間では「休むのも仕事のうち」といった言葉もありますが、休むことは仕事のためではありません。「私」が「私の大切なものを手放さない」ために休むのです。人は「仕事」「家庭」「健康」の3つの幸せのボールを持ちます。仕事のボールばかり回して、家庭や健康のボールを落としては元も子もありません。どのボールも落とさないで、ジャグリングのように回し続けるには、「ちゃんと休む」ことが不可欠です。
仕事から離れ、非日常の世界を過ごすと、こわばっていた心が緩みます。頭の中にも「空白」が生まれ、面白いことを思い付いたり、それまで見過ごしていた道端の名も知れぬ花に気付いたり。夜空を見上げ、満月と金星に感動したり、「世界は美しい」などと無条件に思えたりもします。
どれもこれもつかの間の幸せであり、3日ほどの賞味期限しかありません。それでも「ぼんやり=無駄」は大切です。生産性という言葉が社会を闊歩するようになったせいで、「無駄をなくせ!」と全てを効率化する社会が出来あがったけれど、「人」が「人」でいるためには無駄が必要なのです。無駄な時間であり、無駄な空間であり、無駄話です。
静かな退職=やる気がない、は誤り
3年ほど前に、米国で「Quiet Quitting」という言葉が、「ハッスルカルチャー(仕事を全力で頑張る文化)はもう古い。必要以上に一生懸命働くのをやめよう」との意味合いで使われ、注目を集めました。
日本ではQuiet Quittingを静かな退職と直訳し、「やる気のない社員」というニュアンスで使われていますが、「やる気がない=仕事をしない」わけでも「病気で休む=やる気がない」わけでもありません。
ただただ「社会が評価すること」が、「私の幸せ」にはつながらないことに気付いただけ。自分がいつの間にか競争社会の一員になっていて、負けたくないから必死で走り続けるのはもうしんどいのです。競争する気もないのに、競争させられていることはもっともっとしんどいのです。
「それをやめよう」という意思表示が、きちんと休むことです。有給休暇や病欠などの権利を行使して、リカバリー経験をしてください。企業側もこれらの点を踏まえて、働く人にしっかり休める環境づくりを進めれば、長期的には確実に企業のプラスになります。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)、『働かないニッポン』 (日経プレミアシリーズ) など。
新刊『伝えてスッキリ! 魔法の言葉』(きずな出版)発売中。
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