なぜ日本の会社員は「学ばない」のか 個人を責める前に企業が見直すべき組織作りのキホン:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(4/4 ページ)
米国でCareer Cushioning=企業に勤める人たちが「万が一の解雇」に備え、スムーズに転職できるように勉強すること、が流行しています。一方、日本人の多くは学んでいません。日本人が学ばない背景には、組織の問題が潜んでいるのです。
学ぶ社員が報われる組織へ
日本が先進国の中で博士課程に進む人が著しく少ない「低学歴国家」であることはご承知の通りです。人口100万人当たりで見ると、日本は2016年度で118人と、中国の39人に次いで少なく、最も多い英国は360人、次いでドイツが356人で、いずれも日本の倍以上です。
ただし、社会人大学院進学者は増加傾向にあり、特に博士課程では全体の約4割を占めるようになりました。文科省「学校基本調査」によれば、2000年の14.6%から2019年には42.4%へと、およそ3倍に増加しました。
社会人大学院進学は、キャリアアップや新たな知識・スキルの習得、転職の拡大など、さまざまなメリットがありますが、私が知る限り、仕事を続けながら進学する人たちの第一希望は「今の仕事に役立たせたい」です。
ところが会社側は「大学院進学」の価値をあまり好みません。
「リカレント教育(学び直し)を企業は推進する一方で、大学院進学は除外」
「企業から学費についての援助は全くなし。金銭的に余裕がないと学ぶことはできない」
「博士号を取得しても、へ〜っと言われただけだった」etc.
その結果、「だったら会社を辞めて独立しよう」「だったらもっと自分を評価してくれる会社を探そう」と転職する。私はそんな人たちを何人も見てきました。会社にとって「大切な我が社の戦力」のはずなのに。残念すぎます。
かつて心理学者のマズローは「ユーサイキアン・マネジメント(働く人々が精神的に健康であり得るためのマネジメント)」という造語を作り、次のように説きました。
「個人の成長という観点から見た場合、企業は自律的な欲求充足に加えて、共同的な欲求充足をもたらすことが可能であり、この点においていかなる個人的心理療法にも優っている」
働く時間が伸び、70歳まで働く人もたくさんいます。企業は「我が社の社員」に投資を惜しまないでほしいですし、主体的に学んできた社員が報われる組織にしない限り、今後生き残るのは難しくなるでしょう。
働く人にも経営者にもそれぞれの義務があり、それぞれが責任を果たせば企業も働く人も成長します。「社員のやる気がない」「社員が主体的に学ばない」と嘆く前に、トップは「人の可能性を信じているか?」と自問してほしいですし、マネジャーは社員が能力発揮できるチームづくりを徹底してほしいです。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)、『働かないニッポン』 (日経プレミアシリーズ) など。
新刊『伝えてスッキリ! 魔法の言葉』(きずな出版)発売中。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
「また休むの?」子育て社員に“絶対言えない本音”──周囲が苦しむサポート体制から脱せるか
人に寄り添った“あたたかい制度”であるはずの「育児休暇制度」。しかし、現状はたくさんの人がしんどい思いをし、不機嫌になっている。こうした中、子育て社員と子育て社員をサポートする社員の「心の壁」を解決しようと、会社側が動き出した。
自ら“窓際社員”になる若者──「静かな退職」が増えるワケ
最近の若い人たちは、人生設計がしっかりしている。しかし、仕事のプライオリティは確実に下がっている──。そんな悩みを、リーダー職に就く方々から聞くことがよくあります。米国では「必要以上に一生懸命働くのをやめよう」という「静かな退職」が話題になりました。なぜ、このような現象が起きるのか、そしてマネジャー層はどのように対応すべきなのか。健康経営学者の河合薫氏が解説します。
「育休はなくす、その代わり……」 子なし社員への「不公平対策」が生んだ、予想外の結果
出生率が過去最低となり、東京都ではついに「1」を下回ったことが大きく話題になっています。結婚や出産を希望する人が、安心してその未来を選べるようにするために、企業ができることは何か。「育児休暇をあえてなくした企業」の事例をもとに、社員を疲弊させない経営戦略について考えます。
「年功序列=悪」は本当か? 三井住友銀行が堂々と廃止できたワケ
三井住友銀行は、2026年1月をめどに人事制度を変更し年功序列を廃止する方針を示した。年功序列や長期雇用は過去のものと考える人も少なくないが、こうした制度にはそれぞれの利点がある、ではなぜ、三井住友銀行は年功序列を廃止するのか。その真意に迫る。
米Amazon、Googleも出社回帰 なぜ、わざわざ脱リモートするのか?
米Amazonがリモート勤務を原則廃止し、週5日出社に戻すと報道された。なぜ、リモートワークもできる世界的なIT企業がリアル出社に回帰しているのか。チームの生産性を向上させるには、どうしたらいいのだろうか。
