宿泊と休憩が混在する予約システム 「福岡の老舗サウナ」に聞くデジタル化の課題
福岡県内で2店舗のサウナ&宿泊施設を展開するグリーンランドグループ。リニューアルによってポイント制度も刷新。デジタル化にも注力してきた。「宿泊」と「休憩」の割合をどう線引きしているのか。
コロナ禍が終わり、全国各地でオーバーツーリズムの問題が再燃している。宿泊施設の不足や、料金の高騰も見逃せない社会課題だ。ビジネス客が社内出張旅費規程の価格内で正規の宿泊施設に泊まれず、サウナなど温浴施設への宿泊を余儀なくされる事態も出てきている。
こうした動きに対し、攻勢を強めているのがサウナ施設だ。こうした施設は宿泊環境を整備し、既存のサウナなど充実した温浴環境を提供することで、一般の宿泊施設と差別化してきた。
だが、ここにもまた課題がある。こうしたサウナ施設は宿泊専業ではないために、宿泊客と、事前予約なしの時間制の利用者とが混在する点だ。この2つは「宿泊」と「休憩」で法律の扱いも異なる。そのため、提供する施設やサービスがほとんど同じでも、どこまで「宿泊」予約の扱いにするかの難しさがあるのだ。
こうした課題を抱える施設の一つが、福岡県内で2店舗のサウナ&宿泊施設を展開するグリーンランドグループだ。同グループも店舗リニューアルを機に、館内回遊や滞在を重視した体験価値を利用者に提供している。
2024年7月のリニューアルによってポイント制度も刷新。デジタル化にも注力してきた。「宿泊」と「休憩」の割合をどう線引きしているのか。同グループを経営する日創(福岡市)の安東伸章社長に聞いた。
安東伸章(あんどう・のぶあき)1995年に九州電力に入社。2000年から玄海原子力発電所の建物の保全、設計および工事管理を担当する。以降川内原子力発電所および日本原燃の再処理工場で経験を重ねる。2014年からは本店にて東日本大震災の影響で停止していた、原子力発電所の再稼働という、全電力の中でトップランナーとして九州電力が取り組んだプロジェクトの一員として業務に携った。2017年から集大成として玄海原子力発電所の勤務を希望し、特定重大事故等対処施設の現場を担当。2年後の2019年3月に九州電力を退社し、同年4月に日創に入社。その後コロナ禍の2020年9月に代表取締役に就任した。北九州市出身
Webサイト刷新と会員制度を再設計 デジタル化した狙いは?
――グリーンランドグループは中洲店を2024年7月に、小倉店を2025年7月にリニューアルしました。ITやDX対応については、どのように取り組んでいるのでしょうか。
そこは課題意識を持って取り組んでいます。もともとWebサイトは昔からありましたが、3〜4年前に専門会社に診断してもらった際に「サイト全体の評価が低すぎる」との指摘を受けました。その評価を受けて、全面的にWebサイトをリニューアルしました。
会員制度も以前は独自の「グリーンカード」を運営していたのですが、運用コストがかかりすぎて廃止し、Tポイントに切り替えました。しかしそのTポイントもきちんと分析すると、顧客利用率が低い上に手数料負担も大きく、当店にとって全くメリットになっていなかったのです。実際に年間で数百万円近い手数料が出ていく計算で、これは大きな痛手でした。
そこで3年ほど前から、GMOの「お店アプリ」をベースにした自社会員システムに切り替えました。アプリにはスタンプ制度があり、それを活用してシルバー、ゴールド、プラチナといったランク制度を設けています。
――アプリ導入後の成果はいかがですか。
非常に良い結果になっています。現在のアプリは月3万〜5万円程度の運営費で済むため、年間で大きく差が出ています。以前のTポイントでは年間数百万円近い手数料がかかっていたので、その差分をまるまる顧客に還元できるわけです。
ロイヤリティ制度を組み込んで、シルバー、ゴールド、プラチナとステップアップして特典が得られる仕組みにしました。単に「数百円の割引」ではなく、サウナ無料券やドリンクサービスなど、体験に直結する特典を提供することを大切にしています。
例えばプラチナ会員になると、通常よりも高いポイント還元を与えたり、サウナ無料券や焼酎のキープといった特典を付与したりします。達成感もあって継続利用につながりやすい仕組みにしています。施設側としても負担が少なく、会員制度を自分たちでコントロールできるようになったのが、大きな成果だと思っています。
また、レストランもなるべく低価格で提供し、実は“儲(もう)けの場”にはしていません。入館料を払った利用者に館内で回遊して気持ち良く過ごしてもらうことを重視しています。例えばドリンクも400円程度で提供していますし、味噌雑炊(450円)は隠れファンも多く、人気です。
航空会社やホテルを参考にしたステータス制度設計
――ホテルや航空会社の上級会員制度とも通じる仕掛けですね。
そこはかなり意識しました。一度プラチナ会員になれば、そのステータスは継続するようにしています。半年に一度など定期的に通わなければ失効する仕組みではなく、一度達成すれば、ずっとそのままという安心感を提供した方が、結果として長い付き合いにつながると考えています。
――利用者の立場からすると、続けて使いたくなる設計ですね。
そう思います。特にサウナとマッサージの組み合わせは、当館ならではの価値です。実はコロナ以降、街中のリラクゼーション施設が増えた影響もあって、マッサージの利用者は一時期減りました。ただ、当店のマッサージは50分5600円とリーズナブルで、サウナで体を温めた後に受けると効果が格段に違います。「ここに来ればトータルでリフレッシュできる」という体験を通じて、再びマッサージの利用率も高まってきています。しかも宿泊料から最大1800円(会員価格からは1200円)を割引した料金体系にもしています。
単なるポイントサービスではなく、体験価値を豊かにする仕組みとしての会員制度を意識しています。常連顧客にしっかり還元しつつ、ロイヤリティを高めて「ここにしかない体験」を続けていただけるように設計しました。
コア顧客層を守るための予約システムの難しさ
――一方で、直前予約やシステム運用には、やや課題が残る印象を受けました。なぜなら当日に電話をして予約しようとしても「システム上できない」と言われたことがあったからです。
そこは確かに、まだ十分ではない部分です。現在は予約システムが部屋管理と完全に連動していないので、直前の空き状況への対応が難しいケースがあります。また、当店ではキャンセル料を基本的にいただいていません。そのため、予約管理を柔軟にするとバッティングや「キャンセルなしの放棄」が増えるリスクも出てしまいます。そうした背景から運用を慎重にしている面もあります。
――宿泊利用だけでなく、時間単位の休憩利用者に向けた直前予約も整備できれば、さらに利用の機会損失が減るのではと思います。
その通りだと思います。今後はIT投資も含めて、改善を進めていきたいテーマの一つです。利用者の利便性を高めながら、きちんとリスクをヘッジできる仕組みを整えることが、次のステップになると考えています。
――サウナ施設独特の予約システムの難しさについて、グリーンランドグループではどのように捉えていますか。
同じ宿泊利用でも、カプセルホテルという業態自体が「飲んだ後に泊まって帰る」という利用が多いので、当日の利用者を受け入れる余地を残しておかないといけない部分があります。ですから、あらかじめ予約だけでカプセルを埋めてしまうと、当日「今泊まりたい」という方を受け入れられなくなります。
その層が一番確実に来館しお金を払う顧客ですから、そこは守る必要があります。しかも当店ではキャンセル料を取っていないので、予約だけ多く入って実際には利用しないリスクも出てしまいます。従って、事前予約と当日受付のバランスは非常に悩ましいポイントであり、課題となっています。
――今後の課題についてはどのように認識していますか。
施設のリニューアルというハードと、Webサイトやポイント制度の刷新というソフトがある程度整ったので、次の段階は発信力の強化だと考えています。本当は社員自身が自発的に発信していくのが理想ですが、外部委託も含めて活用の仕方を検討しています。大切なのは発信そのものではなく、利用者が2回、3回とリピートする環境を整えた上で、SNSでその魅力を届けていくことだと考えています。
2024年の中洲店に続いて、2025年7月には小倉店にも新しいサウナ設備を導入しました。湿度が低めの高温サウナから、セルフロウリュ可能なフィンランド式サウナに刷新しました。さらに脱衣スペースにリラックスチェアも設置しました。中洲店とは異なり、小倉店では従来ほとんど外気浴スペースがなかったので、大きな改善です。
こうした新しい魅力を、適切なタイミングでSNSにのせて広く知ってもらう。これが次なる重要な取り組みだと考えています。
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