「厳罰化でミス防止」は失敗の始まり 組織がエラーを防ぐためにできる、唯一のこと:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(2/3 ページ)
マネジメントの本質を“現場の目”で見つめ直した学者、ヘンリー・ミンツバーグ。 ミンツバーグの主張の一つである「エラーは罰すべきものではなく、学びの源である」を基に、長浜市の事務ミス厳罰化について考えてみましょう。
厳罰化が、なぜ組織の失敗を加速させるのか
ミンツバーグの思想から見れば、市長の選択は、真の原因である「組織意識・連携不足」を解消するどころか、逆効果を生み出す道。市民に不利益を生じさせないことが目的なら、取り組むべきは「犯人探し」ではなく「ミスの芽を摘む」ことなのに、残念としかいいようがありません。
税金から報酬を得ている公務員と、私企業のマネジメントは単純比較できないものの、私がこれまで関わった調査でも、厳罰化はほとんどの場合、従業員や職員の行動から「心理的な安全性」を奪い、ミスの報告や情報共有の妨げになっていました。長浜市の「管理」と「罰則」を基軸とした再発防止策は、むしろ現場の「ミスの隠蔽」や、萎縮による「大胆な施策の回避」を招き、結果として再び市民の不利益につながる可能性が高いと言わざるを得ません。
この「罰則の見直し」という名の厳罰化が、なぜ組織の失敗を加速させるのか。理由はシンプル。「だって、人間だから」です。人間が持つ根源的な欲求、「承認欲求」がそうさせるのです。
組織の中で働く職員にとって、「承認欲求」とは、上司や同僚から認められることであり、それは同時に自分の仕事が市民に役立っていることでもあります。しかし、厳罰化という環境では、この欲求を満たすプロセスが完全に破壊されます。
厳罰化の下では、ミスを正直に報告することは「罰則」のリスクと直結します。職員は「正直に話せば評価が下がり、キャリアに傷が付く」と感じ、組織への貢献よりも自己保身を優先するようになりがちです。厳罰化は「ミスを減らす」のではなく、「ミスを隠す文化」を生んでしまうのです。
そもそも組織で起こる問題の多くは、たった一人の人物が原因である場合はごくまれです。たとえそれが単純なケアレスミスに見えたとしても、その背後には組織的な要因が潜んでいることがほとんどです。現代のマネジメントや安全管理の分野では、これを「ヒューマンエラー」として捉える見方が主流です。ヒューマンエラーとは、「人はたとえどれだけ気を付けていても、勘違いや思い込みなどによってミスは避けられない」ことを意味します。
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