機能から「データ勝負」へ Sansanが舵を切る「SaaS is Dead」時代の新・生存戦略とは?:SaaS業界の転換点(2/2 ページ)
生成AIの台頭で、インターネット上でサービスを提供するSaaSの収益モデルが脅かされ、「SaaS is Dead」(SaaSの終焉)といった言葉も広がる。こうした状況の中、SansanはSaaS企業としての従来の戦い方を大きく変える。業界が岐路に立つ中、Sansanが打ち出した生存戦略とは――。
6.4億円を投じても解けないデータ品質問題
「データを全社的に整備・統合する取り組みはまだ十分に追いついていない」。Sansan事業部長の小川泰正執行役員はこう語る。「各企業が自社のデータ環境を見直し、部門を越えて情報を活用できる状態をいかに構築できるかが、今後の競争力を左右する鍵になる」
Sansanがデータ戦略に舵を切る背景には、日本企業が抱える深刻な課題がある。同社が11月に発表した調査によると、企業は平均23個のシステムを導入し、そのうち取引先情報を扱うシステムは平均11個に及ぶ。DXの進展でシステム導入は進んだが、データは部門ごとに分断されている。
約7割の企業が「システム間のデータ連携は限定的で、手作業の更新が発生している」と回答した。その結果、約8割が取引先の重複登録や表記ゆれ、更新漏れを経験している。営業部門では「株式会社ABC」、経理部門では「(株)ABC」と登録され、同一企業が別々に管理される。取引先が移転しても住所が旧所在地のまま、といったケースも珍しくない。
深刻なのが、生成AIとの連携における精度の問題だ。AIとシステムを連携している企業の約9割が「期待通りの精度が出ないことがある」と回答。古い社名や住所といった不正確なデータをAIが参照し、誤った回答を出力するケースが頻発している。
企業も手をこまねいているわけではない。調査では、システム統合やデータ整備に取り組む企業が約6割に上り、平均投資額は6.4億円、関与人数は119人に達した。しかし巨額の投資を行っても、データ品質の問題は解消されていない。
AI活用の現場では別の壁も立ちはだかる。AIを活用する営業担当者の75%が「業務を効率化できる」と回答する一方、「売り上げの拡大」や「提案力の強化」といった成果創出につながる活用は十分に進んでいない。メール文面の作成や議事録の要約といった定型業務の効率化にとどまり、戦略立案や顧客分析といった高度な活用には至っていないのが実情だ。
データガバナンスが競争力を左右する時代へ
Sansanの戦略転換は、SaaS業界全体が直面する選択肢を象徴するものだ。生成AIがコモディティ化する中で、企業はどこで差別化するか。選択肢は大きく2つある。
一つは、ユーザーとの接点にあたるAIエージェントを自社で開発し、垂直統合を目指す道だ。ただし、ユーザー体験の設計や継続的な機能開発に多大なリソースを投じ続けなければならない。
もう一つが、Sansanが選んだデータレイヤーでの差別化だ。既存の生成AIツールとの水平連携を前提に、質の高いデータで競争優位を築く。この選択肢が、中堅以下のSaaS企業にとって現実味を帯びる。
ただし、データ戦略には前提がある。データガバナンスの確立だ。企業内のデータが部門ごとに分断され、重複や更新漏れが放置された状態では、いくらAIと連携しても精度は出ない。Sansanが800万件超のデータベースで名寄せや品質管理を徹底するのは、まさにこの課題への対応だ。
エンタープライズのAI活用は新たな段階に入りつつある。単にデータを検索して回答を生成するRAG(検索拡張生成)から、企業独自のデータを統合し、文脈を踏まえた分析や提案を行う段階へ。この転換を実現するには、質の高いデータ基盤が不可欠だ。生成AIの性能向上が続く中、データ品質への投資の有無が、企業のAI活用の成否を分けていきそうだ。
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