20年連続で売上減少 組織崩壊の危機にもあった、老舗缶メーカーの「V字回復」の裏側(3/5 ページ)
1906年創業の老舗缶メーカー「側島製罐」は20年連続での売上減少と雰囲気の悪い組織という苦境に立たされていた。同社を継いだ6代目の改革によって、V字回復とチームワークの改善が見られたが、どのような改革があったのか。舞台裏を取材した。
ミッション・ビジョン・バリューの策定に着手 社員の半数が有志で参加
石川氏が入社後に着手し、組織が大きく変わった取り組みの一つに、ミッション・ビジョン・バリューの策定がある。
「組織改革を考えていく中で、会社の軸がないといいものを作れないよなと気付きました。みんなが『これが自分たちのやるべきことだ』と納得感を持って進んでいくためには、共通の価値観や軸がないと難しいだろうなと。経営者が『これがいいと思ったから、社員は従うべき』という方針だと、ここ20年の負の歴史を再生産するだけになってしまうので」
ミッション・ビジョン・バリューを策定するプロジェクトの声かけを行ったところ、当時の社員の半数ほどが有志で集まり、2021年にプロジェクトが始動した。
石川氏含め参加者全員がコピーライティングやプロジェクト運営の初心者であったため、石川氏がミッションとビジョンを作成し、バリューをプロジェクトで考えることになった。
「そもそも側島製罐には経営理念も社訓もありませんでした。その概念もなく、つくる意義も不明瞭な状態でミッションやビジョンからみんなで考えようというのは自分自身も率先垂範できず、責任放棄のように感じました。まずは自分が新しい挑戦としてミッション・ビジョンをつくり、その姿をプロジェクトメンバーに示してからバリューづくりに全員で取り組もうと思いました」
ミッション・ビジョンをつくるにあたり、社員や前代表、祖母へのヒアリングに加え、缶に関する情報収集のため地元の図書館や国会図書館にも足を運んだ。家庭で缶に触れる機会が減り、缶文化が衰退する中、側島製罐でも量産品化の流れを見直し、自社の存在意義や仕事の価値を再定義するとともに、どんな依頼にも応えてきた同社の歴史や、多様な形状の缶を生み出せる技術を強みに、缶の可能性を広げる決意を言語化した。
ミッションの「世界にcanを」には、世の中の大事なものを増やし社会を良くしていく、そのために缶を作るのではなく、canを作るのが仕事だという思いを込めた。ビジョンの「宝物を託される人になろう」では、大事なものを缶に入れるという今までの缶の歴史をこれからも続けていくために、誰かの大事なものを託してもらえる存在になるという姿勢を示した。
これらを案としてプロジェクトメンバーに共有し、心から共感できるかを確認したうえで、ミッション・ビジョンとして決定した。バリューは社員の行動に強くひも付く価値観であるため、社員を巻き込みながらプロジェクトを進めていった。
具体的には全員から大事にしている行動や考え方をあらためて集めて、要素分解したり一言にまとめたりという作業を通じて価値観をすり合わせていった。これまで社員は会社に対して「自分の意思が反映されることはない」「何を言っても無駄」と思っていたようだが、プロジェクト内で自分の意見が組織方針に反映されていくという経験によって当事者意識が高まったという。
実際、完成したバリューをプロジェクトに参加していなかった社員に発表する話になった際にもプロジェクトメンバーから『代表ではなく、メンバーから発表しよう』という発言があった。
「これまでだったら、私がみんなに伝える役割だったのですが、プロジェクトメンバーが自発的に動いてくれました。バリューの一つである『自分の言葉で熱く語ろう』を体現していて、自分事として捉えてくれているのだなと感じました」と石川氏は振り返る。
ミッション・ビジョン・バリューという会社の原点となる軸を共有することで、社員の行動が会社の方針から外れなかったり、経営者に判断を仰がずとも自律的に意思決定できたりするように組織が変わっていった。
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